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ピアノ発表会でのマナー

本日は、ピアノ発表会。

子どもの発表会は、疲れますね~。


体力がなくなっている状態で、毎日、あちこちと出歩いているような・・・


頑張りましたよ~。

誰が? うちの子ども・・・


や~っと、下の子も本番にいつも以上の力を発揮してくれたと

いっていいでしょうか?

今までで、一番安心して、聴けました。

やっと、音を聴いて弾いている、とわかる演奏をしてくれました。

成長しましたねえ・・・



さて、



毎回、発表会では、聴いている人のマナーが気になります。

年々ひどくなってきていますね。

子どもが動き回る・騒がしいだけではなく、

さすがに、

親が、おしゃべりしている姿や音を立てている姿を見ると、

うんざりします。


一体、どうなっているのでしょうね???


前のブログでも書きましたけど、

親の方を、教育したいような気になってきます。


それにしても、

「親のしつけ」は、今はない、のでしょうか???


親は、子どもにしつけをすることを放棄して、


幼稚園で、しつけしてもらう、

学校で、しつけしてもらう、

習うごとで、しつけしてもらう、


・・・なんて、思ってはいないでしょうね???


我が家の問題ありで生まれた子でさえ、

一歳半過ぎには、コンサートで静かにして聴いてましたよ。

小さくても、こういう場は静かにしないといけないのだと

教えることで、騒がない・おとなしくできる・・・


小さいからできない・・・なんて、言い訳でしかないのではないか?

と、思うのですけど、

どうなのでしょう???

小さなお子さんを持つ親御さんは、できないと思っているでしょうか?


ギャーと子どもが泣きだしたとき、

ガサガサと物音を立てて、何かを取り出して、なだめようとする・・・

その行為は一体、何なのでしょう???

物で子どもに言うことをきかせようとしているのでしょうか?

親の力で、子どもをなだめることはできないのでしょうか?


せっかく、子どもたちが一生懸命に練習して発表しているところで、

音を立てる、おしゃべりをする親。


自分の子どもが弾いていなければ、いいのでしょうか???


今日の発表会、誰一人、静かな状況で弾くことができなかった。

今までで、一番最悪な発表会。

頑張ってきた子どもがかわいそうだなあと、思ってしまいました。









常識のない親たちへ

ごもっとも!
子供の発表会で、学校の授業参観で、劇団などの引率、その他「見学」すべき場所でのる親たちのおしゃべり、最近やたらと目につきますね!
子供が騒いでしまうのはまあ仕方ない。でもそれを注意しない親、いや子供を注意する以前に親同士がべちゃくちゃべちゃくちゃ…
子供が習っていること、いま真剣に取り組んでいる姿を見ようとしないのなら「出ていけ!」ですよね。

私もイライラしながらじっと我慢しているのは耐えられない性格なんで、いつまでもお喋りをやめない親には「子供がせっかく真剣にやっている姿を見るための『見学』でしょ?お喋りばかりしてるんだったら出てってください」とはっきり言うようにしています。

おっしゃる通り、そういうバカな親たちの多くは、学校や習い事にすべて任せて「子供の委託加工」に出している感覚があると思います。
でもそれ以前に、見学しているのは授業であったり、音楽だったりするわけです。そういう場所でずっとお喋りができてしまう非常識な感覚そのものに問題があると思いませんか?

正しくまともな人間がイライラしてストレスをためることなく、何がまともで常識なのか、はっきりさせるべきです!

もうだいぶ前の記事ですが、この記事の後半部分をご参照いただけたら…
http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-entry-366.html

Re: 常識のない親たちへ

第一楽章さまへ


同感していただいて、嬉しく思います。

何がまともで常識なのか・・・

意外と、親たちは何もわかっていないのかもしれませんね。
それすら、自分の親に教えてもらえなかったのかもしれません。
となると、もっと前の世代からの問題ですね。

時々、思うこと、
戦争がその問題の根底にないか?ということ。

今の子どもの祖父母の世代は、ほとんどが戦後生まれか戦中生まれ。
戦後の混乱の時期に、教育をまともに受けられなかった、という祖父母の世代。
しっかりとした教育を受けられた家庭、裕福で食べるものに困らない・・・などの家庭は別かもしれませんが。

この世代が運動会やら授業参観やら来られると、
自分の孫しか見えない・・・という態度をとられます。

常識を持たれていないのです。

戦争の影響、私は強く感じます。(考えすぎではないとずっと思っています。)


第一楽章さまのブログの方でも、コメントさせていただきました。
読んでください。

No title

さっそくの返信コメ、および私の過去の記事へのコメントありがとうございます。

重複しますが…
小さな子供は落ち着かないものですが、それを放置したままの親というのはいったい何なんでしょう。子供を放棄していることももちろん、まわりへの迷惑をまったく顧みない、その場がどういう場なのかをまず分かっていない、ということでしょう。

学力優先か人間性優先か? 人として次代の担い手を育てるという意味では、当然ながら人間性でしょう。

でも学力優先になる学校というのは、「いじめ」を隠ぺいするのと同じく、子供と向き合い育て導くことよりも、学校としての成績・評判を優先させている、ということを意味するでしょうね。まったく今の世の中、次世代の担い手をまともに育てる力を失っているとしか思えません!

戦後の混乱期に育った世代の次世代、ということもそれなりに因果関係はあるでしょうね。育った環境、その時にインプットされたことは大きいですからね。

でも、もう戦後も66年がたっているのです。その間に、習い事・音楽芸術といった世界もこれだけ普及しました。習う者としての礼儀、文化芸術を味わう常識というものが全くその後身についていない、ということをどう見ますか?

物事の本質を分かっていない、相手の気持ちや周りの状況をまったく想像できない、場の常識をわきまえない、ということに尽きると思います。

犯罪学でも、古典的な犯罪学では犯罪者になる特性・環境を研究していましたが、それをつきつめると、その原因は過去の環境にあったことになってしまい、本人にあったはずの自由な意思、選択の自由、学習できたチャンスをすべて否定することになり、本人に何の責任も問えなくなってしまいます。

原因は何であれ、人にはそれを克服しうる知恵があるはずですし、それを身につけるべき義務がある、と私は思います。

音楽会&発表会

長くなったついでにもうひとつ失礼します。

よく「おさらい会」と言われる「発表会」に行くと、朝から夕方までずっと同じ会場内で、初級~中級~上級まで、その先生(教室)に習っている生徒さんたちがとっかえひっかえ演奏していく催しがありますね。

全ての親子さんたちが朝から夕方までじっと静かに全員の演奏を聴く…というのはいくらなんでも無理でしょう。

ただ、前のコメントにも書いていらしたように「自分の子供、自分の孫のことしか眼中にない」人たちの身勝手な動き、他の演奏の妨げになるような出入り・お喋りがあまりにも目につきますね。私はそういう場の空気が大嫌いで、いわゆる「発表会」が嫌いなんです。

自分の子供の出番にもっとも関心が行くのは仕方ない。でも、前後にも発表(演奏)している子供がいて、注目している親たちがいるんだということ。しかも同じ先生の門下生同士である、ということ。

休憩時間も設けずにどんどん流し込み式に発表を重ねるのではなく、数人の子供が演奏したら5分でもいいから休憩を設ける、演奏中は客席の明かりを完全に落として休憩時間には客電を少し上げるなど、主催者側にも配慮が必要かもしれませんが、たとえ「発表会」であっても、人の音楽を聴く場であるという最低限の常識とマナーは徹底すべきだと思いますね。

結局非常識な人に対して何もしないで野放しにしておくのではなく、せっかくの機会に最低限の常識を教えるチャンスが必要かと思います。












第一楽章さまへ

第一楽章さまへ


こちらこそ、たびたびのコメントをありがとうございます。


そうですね、おっしゃる通り、音楽などの芸術が普及している今日、
習う者としての礼儀、文化芸術を味わう常識というものが全くその後身についていない
というのは、どういうことだったのでしょうね?

もちろん、それが身についている人もたくさんいます・・・
この違いはなんなのでしょう?

結局、芸術を味わっている環境で育つものとそうでないものとの違いなのでしょうか?



少し話は変わりますが・・・


父が私が小さいときに口癖のように

戦後からアメリカの考えを受け入れてきたこと、それはいい面もあるが、
「個」を重視する考えになったことで、かえって、
「自分」だけよければいい、という人間ばかりになってしまった・・と

嘆いていましたが・・・

どこかで、人を教育をする上で、欠けていたものがあったのではないか?と
思います。


ただ、おっしゃる通り、人にはそれを克服する知恵がありますね。
本来ならば、その知恵を使って、身につけていくこともできるはず・・・
そうしようと思う力がなくなっているのでしょうか?

与えられるものをこなしていく、それで精一杯という今、
自分で克服するということすら、できない人間になってしまっているのかもしれませんね。

一つ一つこうしましょう・・・と教えられない限り、
自分では考えることができないような人間が増えているのかもしれないですね。

現実には、

こうしましょう・・・と、そういわれているのにもかかわらず、
無視して好き放題にしている人間が多いでしょうか?


今回の発表会でも、最初に先生方が、こうしてくださいとお願いをしていました。

人の話を聞く、これすらできないのでは、どうしようもないですね・・・

Re: 音楽会&発表会

第一楽章さまへ


こうしてコメントを読んでいると、考えがよく似ていらっしゃるなあと思います。

私も以前のブログで、発表会のあり方、主催者である教室側にこうしたらいかがでしょう?
というようなことを書きました。


私も発表会の空気は嫌いです・・・


うちの子の
通う教室ではだいたい1時間半~2時間くらいの発表会です。
普通のコンサート並みの時間の長さです。

先生もそれくらいは静かに聴けないと・・・という考えをお持ちのようです。
私も、上の子を考えても、それくらいは幼稚園児でもできると思っています。

我慢を教えていたら、できるはず・・・
 (生まれつき障害を持っている場合を除きます。)

ただ、障害を持っている場合、
故意ではなく、自分ではしようと思っていないのにもかかわらず、
動いてしまったり、声が出てしまったり・・・というようですね。

自分では、しないように・・・・・という気持ちをしっかり持っているわけです。

先日のコンサートでも、どなたかの声が出ていましたけど、
私は気持ちが高揚して、同じように歌いたいのかなあ~なんて思って
聴いていましたけど・・・(全然気になりませんでしたよ。)
彼らは、わざとではないのですね。

発表会に来ている子どもは、動かないように・声を出さないようにとは、
まったく思ってもいないわけです。


障害を持っている人は悪気はないのに、演奏を聴く機会がない、
障害を持っていない人は、態度が悪くても、演奏を聴く機会がある・・・

なんか許せない、やるせないものを感じますね・・・


今の子どもが、長時間耐えることができないのであれば、
発表会の主催者側も今まで通りではなく、どうしたらいいのかを考えてやる必要があります。

でも、毎回、こうしないでくださいと言ったり、プリントを配ったり・・・
その程度ですね・・・
こちらも知恵使って、聴きたい人のために努力をしてほしいと思います。


それにしても、
じっと座って人の演奏を聴けない子どもの親ほど、
なんとか上達するように・・・と強く願っていたりして?

そういう親は、教室の先生方に、あれこれと注文(文句)を言われるようで、
その話を先生から、何度となく、聞きました。

お金を払っているからと、あれこれと言ってくるそうですよ。
先生方も大変です。

No title

本文及びコメントを読ませてもらって、同感すること多々。

幼稚園の園長であるので、自分の園での音楽会のことと重なってきます。

私の園では、三部構成で一部が約40分くらい、各部の間の休息時間が約20分、全体で約3時間。演奏時間はトータルで約1時間。つまり約2時間は演奏のない時間なのです。各部の間の休息時間は緞帳を下ろして、アナウンスもなにもしませんが、各部のプログラムの間には、舞台の前に教員が登場して、寸劇をして次のプログラムの紹介をしています。その間に次のプログラムの準備と園児の登場となります。また次のプログラム出演の園児達は一つ前のプログラムでは「待機席」という席を設けて親と離して教員の監督下でそこで観、聴きするようにしています。基本的に全部の演奏を観、聴きするように配慮しています。観る方も、舞台で演奏する方も、集中できるように配慮しているつもりです。

それでも走り回る子どもはいます。
親と離れていて、「待機席」にいる子ども達の方が、舞台に注目して観、聴きしているように思えます。
また毎月ミニ・コンサートと称して、園内で各クラスで行う歌や楽器演奏をお互いに観、聴き合う活動を行っています。
そんな活動の積み重ねか、音楽会で走り回る子どもは、20年前の状況からは、ずっと少なくなりました。

親の態度は?本文、及びコメントにあるように、我が子の場面だけに集中し、他の場面では「おしゃべり」が多いようです。3時間も集中して聴けということは無理です。だからといって「おしゃべり」をするのではなく「おとなしく」していてもらいたいのですが(一つのプログラムの演奏時間は長くて5分程度)。そんな態度が子どもの「見本」になってしまっているのでしょう。
親と離れて「待機席」にいる子ども達を親達は見習ってもらいたいと常々思っているのです。

音楽の発表会に限らず、絵画などの展示を行っても我が子の物だけ観て、他の物には関心が非常に希薄です。園としては年少児、年中児、年長児へと成長の道筋がわかるような展示を心がけているのですが、極一部の方がそれを感じていて、それだけで園としては「満足」と思わなけれならないのかな〜と、寂しくなります。

子どもあるいは教室(大人を含めて)の発表会では、演奏者と観客が、発表会全体を通して、共有する基軸がないようなものでしょう。個々の場面では、我が子がでる時、仲間がでる時、演奏者と関係する観客と共有する基軸はあるのですが。それを全体に押し広げるのは、私の園の音楽会でいろいろ試みているのですが、困難です。

親の行動には「どうしたものか??」ということが多いですね。
今日歯科医院に治療に行ったのですが、親子(子どもは小学生低学年)の患者が待っていました。子どもは椅子の上に立ったり、椅子に寝そべって、わざと床に落ちたり、おもちゃをとり出して、椅子の上に拡げて大きな音を立てていたり、・・・親はテレビを見つめているだけ。
公共の場面と私的な場面との区別がつけない家庭が多いのでしょう。
以前読んだ「携帯を持った猿」(中公新書)に電車内で化粧をする若い女性、路上で寝転んで飲食をする若者など・・私的な場面が一般的な公共の場面にまで及んでいる、との指摘があってなるほどと思ったものです。

まー愚痴みたいな長いコメントになってしまいました。

m.k.masaさまへ

m.k.masaさまへ

m.k.masaさまが、読まれた本ではないですけど、
人間は、退化していっていて、
他の動物とは違う素晴らしい面、人間をしてあるべき姿を放棄して、
野生化・原始化?しているように見えますね。

物がどんどんと進化していくことで、かえって、
人間は考えること、人間としての尊厳のようなものを
忘れてしまっているのかもしれませんね。

携帯・スマホの普及、これの影響も結構大きいのでしょうか?
子どもよりも相手しているお母様方をよく見ます。
夢中になりすぎも問題ですね。

幼稚園でのご苦労、よく伝わってきました。

上の子のときは、幼稚園の子どもは落ち着いていましたけど、
下の子のころから、幼稚園に集まる子どもで落ち着きのない子どもが
増えてきたように感じます。決して、障害児ではないです。

それがどんどんとひどくなってきているなあと、
小学校での運動会を観ていると、思います。
年々、子どもの質が悪くなっています。

ますます、幼稚園での活動は大変になってくるのかもしれないですね。

親の姿を見て、子は育つ・・・

それをしっかりと頭に入れておかないと、
いつか親は子にその仕打ちをうけるかもしれないですね。

その時、どうしてこうなっちゃったの?と言っても遅いのですけど。
そこまで先のことを、考えることもないのでしょうね・・・

問題意識を共有!

この記事およびひとつ後の記事で、ピアノの発表会について、聴き手としてのマナーの問題と音楽的な表現力、それぞれ違ったテーマで書かれてますが、実は「なんで今の日本はこうなの?」というテーマで私の中ではしっかりつながっています。

私のブログをさかのぼっていろいろご覧いただいているリーさんですから、もう既にお読みいただいているかと存じますが、私のブログのカテゴリ「★豊かさとは…?」の中に書いてきた記事ともいろんなところで密接につながるような気がしませんでしょうか?
http://resolutely.blog6.fc2.com/blog-category-27.html

戦後アメリカべったりの空気の中で入ってきたのは「個人主義」ももちろんありますが、もうひとつ「資本主義」=お金を持っている者が偉いんだ、という発想、ひいてはマネーゲーム的な感覚、勝ち組・負け組という発想へ…これらがすべて「自分さえよければいい」という発想が背景にあるように思えてなりません。

そういう中で、人間として大切なものは何だろうか?本当の豊かさって何だろう?…と。

その延長線上に、人としての感性や表現力の問題、違う者を受け入れ理解する力、ひいては「いじめ」問題やノーマライゼイション、コミュニケーション・表現力、社会的なマナーといったテーマがすべてつながっているように思いませんか?


Re: 問題意識を共有!

第一楽章さまへ

「★豊かさとは…?」の記事は、以前読んだと思いますけど、
あとで、もう一回読み直してみますね。

「資本主義」=お金を持っている者が偉いんだ、という発想、ひいてはマネーゲーム的な感覚、勝ち組・負け組という発想へ…これらがすべて「自分さえよければいい」という発想が背景にある、

なるほど、おっしゃる通りですね。

今は、「個人主義」よりも、こちらの方が大きな影響を与えているように感じます。
お金で解決しよう・・・という考えのお母様方もいらっしゃいました。
ちょっとした会話で、こういう考えがわかります。
裕福な家庭ほど、そうかもしれません。
真の豊かさは、決してお金があることではない、と思いますね。

この続きは、またブログ訪問したあとで、そちらで書いてみます。
Secre

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