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「音」と演奏者の想像力

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。<(_ _)>


記事を更新できず、大変申し訳なく思います。

そんな中、訪問してくださっている方々には、

心から感謝しています。

相変わらず、多忙な日々を送っていますが、

少し書きたくなったので、書いてみますね。


お読みになる方だけ、

< 続きを読む > へ どうぞ・・・












先日、「音」と演奏者の意志 という記事を書きました。

その後、

いつまでたっても上達しない演奏者に

共通するものが、他にもあるなあ・・・と感じました。

それを取り上げてみます。


想像力の欠如


よく、このブログには、

音楽鑑賞の書き方、という検索キーワードで、

訪問される方々がいます。

鑑賞文。

ただ、音を聴いて、

それを感じたままに、書けばいいじゃないの?

なんて、思うのですけどね、

このブログにしても、

思うままに、好きなことを書いておりますが、

そういう自由な発想で、

自分の感じたことを文字なり、音なり、

なんらかの形で、表現することって、

実は、

今の人たちにとって、非常にむずかしいのではないか?

なんて、思ったのです。

私は、

このブログで、

思うまま、好きに文を書いてきましたが、

ただ、書く、

ということでも、難しい、

ブログを続けられない、

という方も多くいらっしゃるでしょう?

このブログを始めて、

一体、何人の方々が、ブログを辞めてしまわれたか・・・

日記を書かせても、三日坊主?

とはいわないでも、

多くの方は、

数か月もしないで、辞めていかれました。

続けているとしても、

今日、何をした、ということだけだったりして?

何を感じ、何を思い、考えたのかを書く人は、

少ないです。

そんな風に、自己を表現がなかなできない。


それは、

自分が何を感じ、どう思ったのかを自覚することなく、

生きてきたからではないか?

なんて、思ったのです。

そして、

誰かに対しても、

この人が、どう感じ、どう思ったのかを

想像することもなく、

生きてきたからではないか?

なんて、思ったのです。


こうしなくてはいけない、

なんて、

誰か決めつけたかわからない

「型」にはめられたような、

生き方をしてきたからかもしれない。

こうしましょう、ああしましょう・・・

それに従うことが、いいことだと思わされ、

生きてきたからかもしれない。


少し前に、こんな親子がいました。


3歳くらいのお子さんが、

キャラクターの絵の描かれた皿を見て、

「ボク、これで食べたいよ~」

と言っていました。

青色で書かれたキャラクターの皿。

それを見たお母様、

「 ダメよ、

  青色のお皿では、ご飯がおいしく感じないわよ。

  青色の食べ物って、ないでしょ?

  青色は、食欲がなくなる色なんですって。

  だから、ダメ。」

と言っていました。


子どもが気に入ったお皿で食べた方が、

食欲が増して、いいのではないかな~?

なんて、

私は、思ったのですけどね、

そのお母さまは、

お子さんの気持ちよりも、

何かで知った知識が大事で、

そうしなさい、とするのです。

お母様自身が、

子どもの気持ちを考える想像力が欠けている、

といえるでしょうか?


こんな風に子どもが育っていったら、

だんだんと、

自分の「いい」と感じたものを

「いい」と思えなくなっていき、

自分で感じたことを、自分で感じとることが

なくなっていくのではないか?

と、思ったのです。


親が子どもに対して、どう接してきているかで、

その子どもが、

想像力が豊かになるか、

想像力が欠けてしまうか・・・

変わってくるのでしょうね。

最近の若い子(子ども)が起こす事件に関しても、

想像する力がないから、起きているような気がします。


さて、その想像力。


「音」を表現する上で、

とても大切ではないか?と思うのです。


何にも感じていない人が音を鳴らしたとしても、

その音は、

聴くものに対し、

何にも感じさせることがないでしょう。

ピアノの発表会で聴いていて、

そういう、ただ音が鳴っているだけの演奏をする子が

増えているような気がしてます。

気のせいではないような気がしています。

技術だけで、

あなたは、何を表現したいの?と思えるような演奏。

おそらく、親が、

失敗しない演奏、

技術重視(レベルの高いものがよいという考え)の演奏、

それが、いい、と思い込んでいるからではないか?


このブログに、

小学生くらいのお子さんが弾く曲の

難易度を調べにいらっしゃる方や、

学年(年齢) + 曲 + 弾けるかどうか・・・

といった、

検索キーワードの方が多いです。

難易度が高く、失敗しにくい曲?

それを演奏することが、いいことだ・・・

と、思い込んでいらっしゃるのでしょう。


最近、下の子どもが、よく言う言葉。


音の数が少ない、シンプルな曲ほど、

難しいことはない。


これは、私自身も長年感じてきたことです。

ごまかしのきかないのですから。

簡単そうに見える、

音の少ない、シンプルな曲というのは、

いい音かどうかが、はっきりとわかります。

難易度が高い曲のほうが、

よっぽど、ごまかしがききます。

少し間違えたって、音が濁っていたって、

音がわからない方々にはわからない。

実際、ピアノの発表会で、

難易度の高い曲でめちゃめちゃな演奏していた方に対し、

(その曲を弾いていることだけで、) 

すごい~と反応をしていた方々が多かったこと。


感動を生む演奏って、

どういうものなのでしょう?


私は、想像豊かな演奏ではないか・・・?

と思うのです。

たとえば、

音を聴いて、絵が浮かんでくるような演奏。

演奏者の音の世界が見えてくるような演奏。

それは、

演奏者自身が、

想像し、作り上げた音の世界があるからこそ、

聴き手に感動を与えるのではないかしら?


何度も書いてきましたが、

親が子どもをどう育てるかで、

どう育つかが、決まります。

子育てって、

真剣勝負だと常に思います。

さじ加減が、非常に難しい・・・

子ども一人一人、まったく違うのですから。

まったく、同じだと言える人は、いない。

だからこそ、

一人一人に真剣に向き合わなくてはいけない。

「型」にはまった育て方なんて、ない、と

思うのです。

有名な誰かが、こうしたほうがいい、

というから、

そのようにするのがいい、ではないのです。

多くの人が、こうしているから、

そのようにするのがいい、ではないのです。

なかなか難しいですよ・・・


小さい子どもって、

想像力が豊かで、面白いと思います。

小さいお子さんほど、

へえ~ と驚くことが多いです。

でも、

その想像力。

なぜか、年があがるにつれ、

だんだんと欠けていっているような気がします。

それは、なぜか?

なんとな~く、私は、親のせいではないか?と

思うのです。

生まれつき、想像力に欠けているのではなく、

育ちによって、

だんだんと欠けていくのではないか?

と。

特に母親は、子どもに対する影響力が大きいです。

子どもの豊かな想像力を

いくつになっても、持たせたいものですね・・・

それも、なかなか難しいものですけどね・・・

学校へ行くことで、

だんだんと、失われていきますか?

学校は、

先生に都合のよい「型」にはまった子のほうがいい、

といった場所ですからね・・・


時々、

想像力は、大人は、小さな子どもに勝てない、

なんて、思います。

自由な発想。 

大人の頭では、考えもしないような発想。

敵わないですよ・・・

子どもの描いた絵。

生き生きとして、輝いて見えません?

生まれながらにして、芸術家。

なんて、感じがします。

その感性。

いつまでも、持たせることができたら、いいですね・・・

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曲は主にクラシック音楽を
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