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「第九」の苦い思い出

こんにちは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。(*^_^*)


今日は、

遠い昔の思い出話になります・・・


なぜか、今年の年末になって、急に

ある曲を聴いてみようと思い立って、

久しぶりに聴いてみた曲のお話です。

本当に、久しぶり・・・

30年ほど前に聴いて以来で、

長い間、

じっくりと弾いたことがなかった曲です。


< 続きを読む > へ どうぞ・・・












いつの年だったか、

はっきりと覚えていないほど、

忘れたい思い出でもありました。

高校生のときであった・・・かな・・・?

 ( 本当に、この記憶は、抜けていて、
   覚えていないので、何とも言えません・・・
   どうも、私は嫌な思い出は
   すっきりと忘れられる特技があるようで? )

子どものころ、

年末になると、

「だいく」という言葉を聞くようになり、

「大工さんが、何?」 

みたいな、反応をしていた子どもだったと

思います。

それが、

ベートーベンの交響曲第9番である、

と知り、

それを聴いてから、年を越す・・・

大きくなるにつれ、

いつしか、そういう風にするのが、

かっこいい?

みたいな感覚になっていて、

なんとなく、年末は、「第九」

そう思い込んでいたようです。


高校生になると、

おこづかいを遣い、

チケットを手に入れ、

クラシックコンサートに

一人で行くようになりました。

ピアノのコンサートが主流でしたけどね・・・


ある尊敬する指揮者の「第九」が聴ける・・・、



お友達に話したところ、

クラシックコンサートには、

興味がない彼女でしたが、

「小澤征爾の指揮なら、聴いてみたい!」

と、言い、

一緒に聴きに行くことになったのです。


本嫌いの私ですけど、

当時、小沢氏の本、(エッセイであったか・・・?)

彼の自叙伝本を読んでいて、

彼に興味を持っていました。

彼の「第九」は、どんな演奏だろう・・・と。

本当に、うきうき、わくわくして、

当日、コンサート会場に出掛けたのでした。

かなり頭がおかしかったと思いますよ。

当日の朝の新聞を

まったく目を通さなかったのですから・・・

そう・・・

朝の新聞を読んでいたら、

違った結果となったことでしょう・・・

コンサートのことしか、頭にない状態で、

家を出てしまったことを、

後悔してもしきれませんよ。


そのコンサート。

残念ながら、

小澤氏の急病により、

指揮者が代わっての演奏となってしまった

のです。

かなり多くの人が、キャンセルをしていました。

本当に、人がまばら・・・

そんなコンサート会場は、

未だ、ない、

というほど、

ガラ~ンとしたものでした。

私もね・・・

ここで、キャンセルをしたらよかったのですよ。

でもね、

年末に、「第九」を聴いて、年を越したい・・・

という気持ちが強く、

「聴くのは、やめよう」 という

お友達の言うことも聞くことが、

できなかったのです。


「第九」 にこだわらなければ、よかった・・・


と思ったのは、

代役となった指揮者の演奏会の始まりの音を

聴いたときでした。

最初から、これは、よくない演奏だ、

と気づけるほどの、

力(魂?)の抜けたような演奏。

指揮者も、演奏家、合唱団・・・

すべてが、気が抜けているかのような演奏。

これは、ひどい・・・

と思うものの、

「第九」 という曲は、長い!

1時間以上もの演奏を

最後まで聴くしかないのです。

さすがに、途中で席を立つ・・・はできません。

観客は少ないとはいえ、

拍手も、まばら。

とっても寂しい演奏会となりました・・・

本来の「第九」の演奏会であれば、

もっと盛り上がったことでしょうに・・・


演奏会中、

どうして、私は「第九」にこだわってしまったのか

と、

おバカな自分を責めました。

同じように、

お友達も、

どうして、私と一緒に聴けなかったのか



家族に責められてしまったようです。

お互いに、

嫌な思い出となってしまいました。


私は、その日以来、

「第九」の音を聴くと、

この出来事を思い出し、

自己嫌悪に陥るので、

年末になろうとも、

聴くことができなくなってしまったのです。


この年になって、

やっと最後まで聴くことができた・・・

やっと乗り越えたのですね。

今、かなりすっきりとした気分でいます。

周りに流された

おかしな 「こだわり」 というものは、

持つべきではない。

そのときから、

そう思うようになったと思えば、

その経験も悪くは、なかったでしょうか?

人間ってね、

なんとな~く、流されていきます。

それが、当然であると言わんばかりに?

そうしなくてはいけないことなのか?

と、

常に自問してみること、

大事かもしれません。


さて、

話は、少し変わりますが・・・


後々に、

あの日、なぜ、プロの演奏家が、

あれほど、

力のない演奏をしていたのでしょう?

と、

考えてみたのです。

年末に、「第九」というのは、

もともと、

収入が少ない演奏家の懐を温めてくれる

出し物であった・・・

という視点で考えてみると、

なんとなく、納得ができるのです。

本当は、満席であったはずの観客が、

10分の1 くらいしか、観客がいない?

よく覚えていないけれど、

もしかしたら、

観客は、もっと少数であったかもしれない。

収入が増えるはずであったのが、

収入の見込みがなくなってしまった!?

となれば、

当然、演奏家の方々も、動揺することでしょう。


有名な指揮者である場合、

こういうこともあり得るのだ・・・と、

心構えでもしていなければ、

かなりの落胆であったのではないか?

なんて、

考えてしまったのですよ。

せめて、

「第九」 でなければね・・・
 

年末という時期。

他の時期であれば、

それほどのダメージではなかったかもしれない。

「第九」 に懸けていた気持ちが、

一気に、萎んでしまったのかもしれません。


音って、鏡のようですね。

鏡のように、

正直に、その人を映し出してしまうようで、

プロといえども、

隠し、ごまかすことは、できなかったのでしょうね。


「第九」の演奏会。

プロにこだわらなくても、いいかも?

なんて、思います。

今では、

 (ちょうど私が聴かなくなったころだったと記憶してますが)

素人の合唱を交え、

みなが楽しんでの演奏会もあっていいですよね。

「歓喜の歌」のメロディーは、

とても好きだったので、

私も、歌いたいなあ~と、よく思ったものです。

本来の 「音と楽しむ」 ことができるのは、

いいですよね~。

20年ほど前から、薬の副作用で、

高音を出すことができなくなってしまった。

歌えること、いいなあ~と思います。

ああ、ここで、暗くなってしまっても、いけない。


今年は、

「第九」 をすんなり聴くことができました。

それだけでも、

よかった! と思うことにしましょうか?

久しぶりに、

「第九」を聴いて、新しい年を迎えられます。

来年は、いい年となるかも・・・ 

そうなりますように・・・ 

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