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さすらい続け、たどり着く先は?(シューベルトの「さすらい人幻想曲」に関連して思ったこと)

こんにちは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。(*^_^*)


今日は、先日とりあげた、

シューベルトの『さすらい人幻想曲』から、

少し思ったことを書いてみますね。


お読みになる方は、

< 続きを読む > へ どうぞ・・・












先日、

シューベルトの 『さすらい人幻想曲』 という曲を

とりあげました。

その記事で、いただいたメッセージから、

少し思ったことを書いてみます。


この曲を弾いていると、

心が常にさすらっていて、

なかなか思うようにことが運ばず、

悩み苦しんでいるような感じがしてきます。

自分の心の中に、

いろいろな感情が湧き出てきて、

どうすべきか、迷い、悩む。

それで、悲しくなることもあります。


これがまた、若さゆえに、あるのかな?

若い時期であるからこそ、と、

そんな風に考え、

私も同様に、大学生のころ、共感し、

弾いていたのかもしれません。


でも、

若い時期だけではなく、

「一生」という長い時間でとらえてみるのも

いいかもしれませんね。


シューベルトの曲には、

彼の死生観が感じられるものがあります。

この曲も、そうであったのかな?、と

そう考えることもできるかもしれない、と

いただいたメッセージで、思ってしまいました。


といっても、

ここで書くことは、

シューベルトがそうであった、

という考えではなく、

この曲を、

「一生」 という長い時間で考えてみたら・・・

という見方で、書いてみますね。


自分の一生。


これを

自分自身の足で、

自分自身の決めた道をひたすら歩んでいく・・・

といった人生を送れるのであれば、

どんな人生であろうとも、

それが、たとえ、

どんなに苦しい人生であろうとも、

「さすらう」という状況には、

ならないでしょうか?

( これは、

  実際に旅をするという意味ではなく、

  当てのない生き方をしている

  という意味です。 )


本当はこうでありたい・・・


という気持ちはあったかもしれないけれど、

なんらかの理由で、

そう考えることもないか、

そう考えたとしても、あきらめてしまって、

自分の身の置く位置が

定まっていないような気がしてしまう?

定まっているようでいて、定まっていない。

私は、


本当は、こうではありたくなかった・・・


そういう気持ちが強ければ強いほど、

心は、

彷徨い続けてしまうのかもしれません。

それも、一生。


そして、行きつく先は?

となると、

残念ながら、

「人生の最期」となるのかもしれません。


なんとか、今の状況を変えてみたい!

という強い気持ちと、

それを実行する力があれば、

その状況は、

変えられるかもしれませんが、

シューベルトのようなタイプの人の場合、

その状況をそのまま受け入れてしまって、

ベートーベンのようなタイプの人のように、

外へエネルギーを発し、

苦悩をはねのけていくような力はない・・・

のかもしれません。


これって、

同じような苦悩があった場合、

ベートーベンのようなタイプの人よりも、

遥かに苦痛に感じるのではないか?

なんて、思えてくるのです。


そう考えてしまうと、

とても悲しく感じてきます・・・


先日紹介した「さすらい人幻想曲」は、

たぶん・・・、

シューベルトが、

人生に未来を感じることのできる時期で、

終わりは、「出発」となっている、

と思うのですけどね、

シューベルトの人生を振り返ってみると、

最終的に、

この曲のようにはならなかったと思うと、

また、悲しく感じてきます・・・


でも・・・

人生の最期は、

果たして、その人の最後であるのか?

なんて、

思ってみたりもし・・・

時々、人(生あるもの)は、

何度も何度も、

生まれては死に、を繰り返しているのではないか?

なんて、

思うことがあります。

なぜか・・・、なんですけどね。

そうとらえてみると、

人生の最期は、

次の人生の「始まり」であったりして?

なんてねえ・・・?

「終わり」が、

次の 「始まり」 であるのかもしれない。

なんてねえ・・・?

時々ですけどね、

そんな風に感じる私は、

おかしいでしょうか?

そんな風に考えて、

行きつく先に、希望を持とうなんて・・・?

おかしいかもしれませんね。


今の苦悩があるのは、

今の苦悩に耐え抜くことは、

行きつく先で、

いい人生が待っているかもしれないと、

考えることで、

今を乗り切っていこう・・・という

私。

あるがままを受け入れ、それで生き抜く。

それも、まあ、いいじゃないか?

なんて、

考えることで、乗り切っていく。

シューベルトって、

最終的に

そういう感じであったのではないかな?

なんて、

思うのです。

苦しいんですよ、とってもつらいんですよ?

それでもね、

微笑みを持って、涙を隠し、

外へ、他人へ、爆発することもなく、

周りには、思いやりを持って接し・・・

本当に、苦痛だと思います。

でも、

人生の最期には、安らぎがある・・・

それが、

彼の心の救いでもあったかもしれない。

最終的に、

「出発」であったのかもしれませんね。


・・・と、


思うことをいろいろと書いてしまいましたが、

世間の専門家とは

違った見方になっているかもしれません。

これは、私の見方ですので・・・


シューベルトの 「さすらい人幻想曲」

この曲は、やっぱり、

最後は、「始まり」であるかもしれない?

なんてことが、

言いたかっただけで、

ここまで、書いてしまいました。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


もしよかったら・・・、

シューベルトの 『さすらい人幻想曲』

を読んで、

この曲を聴いてみてください。

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