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ドビュッシーのピアノ曲から思うこと

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。(*^_^*)


今朝、ドビュッシーの 『ベルガマスク組曲』の前奏曲 をとりあげてみて、

ふと思ったことを少し書いてみますね。


ドビュッシーのピアノ曲を弾く・・・


これって、難しい、と思います。

よく、お友達の間で、ドビュッシーを弾くようになったと話がでたら、

その人は、かなりレベルが高いというような見方をしましたね。

思わず、

みなさんは、初めて弾いた曲は、どれなのかしら?

なんて、考えてみたのですけど、どうなのでしょうね・・・?


私は、「夢(夢想)」が最初に弾いた曲でした。

うちの子が最初に、と言われたのは、

ちいさなくろんぼ(小さな黒人(Le petit negre ))」。

子どもの発表会を見ていると、

「2つのアラベスク」とか、

ゴリウォーグのケーク・ウォーク」とか、

「グラドゥス・アド・バルナスム博士」も

弾くお子さんも多いかな・・・?

大人の発表会では、

「亜麻色の髪の乙女」を弾かれる方もいらっしゃいました。


聴いていると、弾いてみたいと感じる曲が多いのですけど、

( 中でも「月の光」「アラベスク第1番」は、人気あるのでは? )

発表会で聴いていると、

弾きこなしている人が少ないので、

やっぱり難しいのだなあと感じます。

( 以前、アラベスク第1番という記事でも、書きました。)


でも、

今、ここに挙げた数々の曲は、

ドビュッシーの曲の中では、

知られている曲である、と思うのですけど、

比較的人気がある曲である、と思うのですけど、

これが、ドビュッシーの曲だ・・・

これが、印象派の曲だ・・・

と言うには、ちょっと違うように感じるのです。

ドビュッシーを弾くようになった・・・というレベルで、

ドビュッシーがどういう作曲家であり、彼の曲がどういう曲であるのか、

を語るには、まだ早い・・・と言ったらいいでしょうか?

私は、多くのドビュッシーの曲を弾いていないので、

そう感じています。

もちろん、

どこまで弾くことで彼の世界を理解できるかはわかりませんが・・・


ただ、聴く。

私は、これで今日までこのブログで書いてきていますけどね、

それだけでね、語るには、難しい作曲家。

ドビュッシーは、そんな作曲家である、と思います。

なんかね・・・

手ごわい。

そんなものを持っている作曲家かな?

彼を一人の人間として見たら、

そう感じてしまう?

なぜか、そう感じるのですよね・・・ 内面・・・かな?

素敵な曲ばかりなのですけどね。

本当に不思議です。



関連記事
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ドビュッシー 『ベルガマスク組曲』 より 前奏曲 (Prélude)

おはようございます。

眠くて仕方がないのですけど、

さらに眠気を誘ってくれそうでありながら、

なぜか、目をしっかりと開けさせてくれた曲・・・

今日は、それを紹介しますね。


ドビュッシー の 『ベルガマスク組曲』より 前奏曲


『ベルガマスク組曲』は、下のように4つの小曲で構成されています。

 1. 前奏曲 (Prélude)
 2. メヌエット (Menuet)
 3. 月の光 (Clair de Lune)
 4. パスピエ (Passepied)


この曲、Moderato(モデラート)なのですけど、

ゆっくりとしたテンポの演奏であったり、

速めのテンポの演奏であったり、

テンポがかなり揺れたり、

自由な演奏に感じられるものあり・・・ですが、

(あるピアニストのテンポは、自由に弾いているようで、正確だった・・・

 なんて、調べてみて驚いたと

 おっしゃっていた先生もいらっしゃいましたが、

 聴いた感覚でははっきりとはわからないものなのですね・・・)

私としては、あまり揺れず、中くらいのテンポ・・・で弾きたい曲です。


この曲は最初に、

tempo rubato(テンポ ルバート)となっていますけど、

拍子が長くなったり、短くなったり・・・とではなく、

拍子の中で、テンポを崩さない程度に歌って弾く・・・

曲全体のテンポは変わらない・・・

そんな感じがいいなと思っています。


ちなみに、

ルバートとは、「盗まれた」という意味だそうで、

初めて聞いたとき、面白い表現だなあ~と思いましたよ。

(音楽用語って、面白い? Dolce も音楽で使うのですから・・・)

自由に弾いていいか?というとそうでもないのだそうです。

テンポって、難しいですね。


でも、この曲。

聴いていると、自由に弾いているように聴こえるので、不思議。

それが、眠くなりそうで眠らせないような効果があるのかも・・・


ドビュッシーの曲は、

3つの時期に分けられます。

この『ベルガマスク組曲』は、初期で、

印象派としての色彩は見せ始めているものの、まだ完全ではない時期。

でも、

その分、印象派特有の感じがあまりなく、

ドビュッシーの曲の中では、弾きやすい(馴染みやすい)曲だと

私は思っています。



もしよかったら、聴いてみてください。


サンソン・フランソワの演奏で(CMつきです)
Samson Francois plays Debussy Suite Bergamasque : Prelude

アレクシス・ワイセンベルク の演奏で(CMつきです)
Weissenberg- Debussy Prelude

パスカル・ロジェの演奏で(CMつきです)
Debussy - Suite bergamasque I. Prélude

ゾルタン・コチシュの演奏で
Zoltan Kocsis plays Debussy: Suite Bergamasque Prelude

↓ サンソン・フランソワのCD

ドビュッシー:ピアノ集(3)



↓ モニク・アースのCD

月の光 ~ドビュッシー / ピアノ名曲集



~~~ 過去の関連記事 ~~~

・ ドビュッシー 『ベルガマスク組曲』より 月の光



関連記事

クラシック音楽 曲種(幻想曲)

今回も、曲種ごとに分類しています。

このブログで、

これまでとりあげてきた「幻想曲」を集めてみました。


もしよかったら、

≪ ≫ の記事を読んで、曲を聴いてみてください。(^_^)


* 幻想曲、ファンタジー、ファンタジア *  

     fantasy[英], fantasia [伊]

  
  形式にとらわれず、楽想のおもむくままに作られた器楽曲。

 
・ヨハン・セバスティアン・バッハ[独](Johann Sebastian Bach,1685年-1750年)
    ≪バッハ 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調≫

・シルヴィウス・レオポルト・ヴァイス[独](Sylvius Leopold Weiss,1687年-1750年)
    ≪ヴァイス  ファンタジー≫

・ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト[墺](Wolfgang Amadeus Mozart、1756年-1791年)
    ≪モーツァルト 幻想曲 ニ短調(未完) Fantasie K.397≫

・ヤコプ・ルートヴィヒ・フェリックス・メンデルスゾーン[独](Jakob Ludwig Felix Mendelssohn , 1809年-1847年)
    ≪メンデルスゾーン 「 夏の名残のばら 」 による幻想曲 Op.15≫

・フレデリック・フランソワ・ショパン[ポーランド→仏](Frédéric François Chopin ,1810年-1849年)
    ≪ショパン 幻想即興曲 Op.66≫

・フランツ・ドップラー[ハンガリー](Albert Franz Doppler,1821年–1883年)
    ≪ ドップラー ハンガリー田園幻想曲 作品26≫

・ミリイ・バラキレフ[露](Mily Balakirev,1837年-1910年)
    ≪バラキレフ 東洋的幻想曲「イスラメイ」 ≫

・アレクサンドル・スクリャービン[露](Alexander Scriabin, 1872年-1915年)
    ≪スクリャービン 幻想曲 ロ短調 Op.28≫

・平井 康三郎[日](ひらい こうざぶろう,1910年-2002年)
    ≪平井康三郎 幻想曲「さくらさくら」≫





バリオス 最後のトレモロ(Una Limosna por el Amor de Dios)

こんにちは。

今日紹介するのは、

しんみりとした気分になっているとしっくりくるかな・・・

という曲。


アグスティン・バリオス の 最後のトレモロ


バリオスの最後の歌(La Ultima Cancion )。

神様のお慈悲に免じてお恵みを(Una Limosna por el Amor de Dios)

という題名なのだそうです。

どうも死を悟ったころのバリオスが体験をしたことが

音になったようですね。


人は自分の死期が近いことを悟るとどんな心境になるのでしょうか?


先日、病気の母が、

これまでできたことができなくなって、

これまでありえなかったようなことがあるようになって、

これからどんどんとそんな風になっていくと、

いつどうなるのか、わからないね・・・

なんて、言葉を漏らしてました。


その日が近い。


そう感じているようでした。

自分の体がこうも思うようにならず、おかしくなっていくこと。

戸惑い、いらだちを感じながらも、

どうしようもないことだと感じることで、

生きようという前向きの気持ちも消え失せて、

やがて、やってくる死を受け入れようとなる。


そうなってくると、

目の見えるもの、聴こえるものすべてが、

それまでと違って感じるのではないかな・・・?

母の目を見ていて、そう思いました。


バリオスは、自分の元へやってきた物乞いのおばあさんが

どのように見え、彼女の声が聴こえたのか・・・?

どう感じたのでしょう?


物乞いの人。


昔、アルバイト先のお店に、やってきたことがあります。

その方が店に入った瞬間、戸惑いを感じました。

その姿が妙に暗く、嫌なものに感じ、

なぜか、慈悲の心を持つ気持ちになれず、怖くなって

その方から離れたい気持ちになってきたのです。

あれは、自分でもショックでしたね・・・

すぐに、店主がやさしく対応し、去って行かれました。

その後も、その方はたびたび訪れてきましたが、

何度も来られるようになると、

さすがの店主も困り果てていました。

そして、

もう来ないようにとお願いするようになったのです。

商売もありますしね・・・

その後、物乞いの方は、来られなくなりました。


バリオスの元にたびたび来られたという物乞いのおばあさん。

バリオスは、自分の死期が近いと悟ると、どう感じたのでしょうね?

それまで接してきたときとは、見方も違ったのではないでしょうか?


近いうちに神のもとへ召されることになる?

であれば、

そのおばあさんに対し、慈愛の気持ちが強くなったのでしょうか?


初めての物乞いに来られたことで曲を作ったのではなく、

死期を悟ったころに来られたことで作ったのであるならば、

この曲は、

きっと物乞いの姿、声、行動、すべてが

これまでとは違ったものと感じた?


物乞いのおばあさんから

生きている人の「命」が感じられたから、作られたのではないか?

と思いました。

「命」が愛おしく感じられた?


私の母の目は、そんな目をしていました・・・

見えるものが愛おしく、ね。

まあ、母とは違うかもしれませんが・・・


バリオスのこの曲の音色は、寂しくも悲しくも聴こえますからね…

命あるものが愛おしいでありながら、

それが羨ましくもあるかもしれませんね・・・

この曲、聴いていると、泣けてきますよ・・・


よかったら、聴いてみてください。


↓ どちらも、ジョン・ウィリアムズのギター演奏 
・ Agustin Barrios - Una limosna por el amor de Dios ( La ultima cancion)
・ Una Limosna por el Amor de Dios - Barrios - John Williams

↓ こちらは、朴葵姫(パク・キュヒ)の演奏(CMつきです)
・ 最後のトレモロ〈ライブ〉 / 朴葵姫(パク・キュヒ)


↓ ジョン・ウィリアムズのCD

バリオス作品集



↓ 朴葵姫のCD,MP3(15曲目になります)

最後のトレモロ



この曲の楽譜は、 こちら になります。



関連記事

ワイマン 銀波(Silvery Waves)

こんにちは。

今日は、子どものころ、好きでよく弾いていた曲を紹介しますね。


アディソン・ワイマン の 銀波 Op.39


ワイマンは、アメリカの作曲家だそうです。

( 知らなかったので、ネットで調べてみました。)


ついでに・・・

題名は、英語で「Silvery Waves」となっていますが、

どうも、別名で、

「Les ondes argentines」「Vagues argentines」「Vagues d'argent」

とも言われるようですね・・・

でも、

この曲について、日本以外で、検索で出てきたのは、デンマークだけ?

( 調べ方が悪いかな?)


You-Tubeにあるのも、

ほとんど日本や中国人の演奏?

かなり驚いています。

(・・・アメリカでは、あまり知られていない作曲家なのでしょうか?)


日本の戦後のころ、この曲のお話が書かれたものが出てきましたので、

いつから、この曲が日本に知られるようになったのかな?と思い、

さらに調べてみると、


ピアノピースにたどりつきました。


大正時代から、昭和16年ごろまでに、いくつかの楽譜出版社が開業。

 (セノオ楽譜出版社、白眉出版社、東京音楽書院、好楽社、鶏鳴社など)

その中の鶏鳴社から出版された、

ピアノピースのNo.1が、この「銀波」だったのですね。

古いもので、昭和8年だそうで・・・

 詳しくは、⇒ こちらへ どうぞ・・・
 
今の全音ピアノピースは、No.3が、この「銀波」です。

日本では、

早くから子どもに知られたピアノ曲だったのかもしれませんね。


さて、

子どものころ家にあった、

ピアノ名曲集のレコード(100曲選だったか・・・?)に

この曲が収録されていました。

この曲集の中でも、好きな一曲でした。

さあっと風が流れるのがわかるところや、

水面がキラキラ~ッとした感じがするところをとても気に入っていました。

装飾音がところどころにありますし、

変奏曲でいろいろと変化していく感じがまたよく、

リズムもいろいろと変わるのが楽しく、

オクターブで弾くところも多かったりで、

これは、

指の練習に最適ではない?

なんて思い、

よくチェルニーとかの練習曲に飽きてくると合間に弾いていました。

これを最後まで弾きとおすと、

その後の曲がとても弾きやすく感じたのを覚えています。

かなり長い曲なので、指も温まります。(寒い冬は・・・)

とても明るい曲なので、弾いていても楽しいです。

でも・・・

当時の先生は、これは自分で弾いてね・・・の一言で、

終わってしまったので、教えていただくことはありませんでした。

残念。


↓ よかったら、聴いてみてください。

SILVERY WAVES

乙女の祈り






特定秘密保護法案、衆院本会議で可決・・・

このブログは、音楽ブログですが、

少しだけ、書いてみますね・・・

 (音楽希望の方、下へスルーしてください。)


特定秘密保護法案、衆院本会議で可決・・・


↓ こちらは、今回の可決された特定秘密保護法案の全文ですが、

特定秘密保護法案の全文 (1)
特定秘密保護法案の全文 (2)
特定秘密保護法案の全文 (3)


これまでに、この案を一度でも、目を通したことのある方は、

どの程度いらっしゃるのでしょうか?


今日、衆議院で何が行われるのかを、

どの程度の方が知っていたのでしょうか?


さあ、衆議院での可決後、

どのような流れで、この法案は成立するのでしょう?


・・・なんてね。


ちょっとつぶやいてみました。


「最近、家で新聞をとっていない友達が多いんだ・・・」

なんて、子どもが言うもので。

さらに、

「学校の先生、昨日あったことを知らなかったんだよ」

なんて、子どもが言うもので。


知らない・・・


これって、怖くありません?


どうでもいいよ、政治のことなんて。自分には関係ないから・・・


なんて、思われている方が、

どの程度いらっしゃるのかと、気になります。



関連記事

夜向きのクラシック音楽(なぜか眠くなってくる曲)

こんにちは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。(^_^)


とても疲れています。

もう、眠くて眠くて・・・

どうしましょう~、と悩ましい私です。

さて、そんな眠い私をさらに、眠くさせてくれる曲を

過去に紹介した曲の中から、いくつか取り上げてみます。


もし、眠れないと感じたら、聴いてみてください。

 (ただし、これは私の感じ方なので、効果は保証しません…)



 ドビュッシー レントより遅く

 イザイ 子供の夢

 サティ ノクチュルヌ第1番

 チャイコフスキー 「懐かしい土地の想い出」 から Op42-1 瞑想曲

 グリーグ ノクターン

 ドルドラ 「ドルドラの思い出(Souvenir )」



この中では、

ドビュッシーの「レントより遅く」のヴァイオリン演奏が

一番眠くなります。

まどろみ・・・

昼寝をする時間がありませんが、

時にはそれをしてみたい・・・

なんて思ってしまう私です。



ロドリーゴ アランフェス協奏曲 第2楽章 その2

こんばんは。

先ほど、実家から戻ってきました。

とても疲れていますけど、

あるメロディが頭の中で流れてきたので、紹介してみますね。


ホアキン・ロドリーゴ の アランフェス協奏曲 第2楽章


以前、すでに取り上げていますが、 ( 過去の記事は こちら )

聴こえ方が、これまでと違ってきたので、取り上げることにしました。


病気で弱ってしまい、かなり深刻な状態である母の元を去り、

家に戻ってきたのですけどね、

このアランフェス協奏曲の第2楽章は、

今の私の気持ちと同じような心境で作られたような感じがしてきたのですよ。


一言でいうと、「祈り」。


第2楽章で、だんだんと盛り上がっていく、

とても美しいメロディのところがあり、私はそこがとても好きなのですけど、

この部分が、「祈り」という言葉が、妙にマッチしてきたのです。


神様に、

なんとか治してしてほしい・・・、少しでもよくなってほしい・・・、

と祈るのではなく、

神様に、少しでも安らぎを与えてほしい・・・、

せめて、苦しみを取り払ってほしい・・・という祈り。


ほとんど、あきらめてはいるけれど、

そうなってくれたら、どんなに楽な気持ちになれるか・・・

病人も、その周りの人も。

お互いにね・・・


人はね、

もうどうしようもない状態である、

手の施しようもない状態であるとわかると、

だんだんと、あきらめてきます。


少しずつ、悪くなっていく病状。


それが、だんだんと

「この先、よくなっていくだろうという希望」を

持てない気持ちにさせてくれます。

病人も、その周りの人も・・・

そして、

いつかは、迎えなくてはいけない日がやってきます。

そうなると、

せめて、最期の日まではこうであってほしい・・・

なんていう願いに変わってきます。


この曲は、

そんな、その日がやってくることを受け入れる気持ちになった人の「祈り」

のような気がするのです。


だんだんとね、近づいてくるその日に対して、覚悟をする。

つらいですけどね・・・



私も、病気がわかった当初よりは、ショックが和らいできました。

母も頑張ってきましたけど、だんだんと頑張り切れなくなってきます。

もうこれ以上、無理して頑張らなくていいですよ・・・

せめて、最期は苦しまないで、安らかな気持ちでいてほしい。

そう願います。


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ 全楽章をナルシソ・イエペスのギターで
  申し訳ないのですが、CMつきです。
   (第2楽章は、6分22秒ごろから17分44秒ごろまで)
   Rodrigo / Narciso Yepes, 1969: Concierto de Aranjuez - Original DG LP, Indexed

この曲のメロディは、

その日がやってきたときを想像した寂しさのような感じがしてきます。

今の私には、この第2楽章の最後の部分は、

神様の光が差し込んだような感じがしてきますが、

そこに、わずかな希望が感じられます。

聴いていてホッとできるところが、今の私にはとても嬉しいです。



関連記事

ショパン 幻想即興曲 Op.66

こんばんは。

今日紹介するのは、すでに2回もブログで紹介した曲です。


でも、2回ともすぐに削除してしまったので、また書いてみますね。

あまり想い出に浸ってしまうと、感傷的な文になってしまうので、

今回は、普通に書いてみます・・・



ショパン の 即興曲 嬰ハ短調 (遺作) 「幻想即興曲」


ショパンが最初に作曲した即興曲です。

幻想という言葉は、ショパンがつけたものではないそうです。


私がピアノを習いたいと思ったのは、

「ショパンの英雄ポロネーズ」だということを

ブログの最初(2012年4月1日)に書きましたけど、

ピアノを習い出して、これ弾いてみたい!と感じた曲が、

この「ショパンの幻想即興曲」です。

 ( たぶん、女の子でそう感じる人は多いのではないかしら? )


「英雄」は弾けなくても、

これなら弾けるかも・・・みたいな感じはしていて、

練習を重ねたら、いつか弾けるという希望が持てる曲でもありました。

いっぱい練習したら、これ弾いてみたい!と思わせてくれる

憧れの曲があるというのは、いいことかもしれませんね。


私は、二人の先生にこの曲を教えていただきました。

最初の先生は、

5小節目から

右手と左手を一緒に音を重ならないように音を入れていく感じで

ゆっくりと練習を・・・

とおっしゃってましたけど、

後の先生は、そういうことはしないように・・・と。

後の先生のほうが、テンポはゆっくりめで、

かなり違った仕上がりになったかな?

先生によって、教え方はずいぶん違うものだと思いました。


前の記事に書きましたけど、

この曲は、年齢が音に影響するかもしれない・・・

若い人が弾くと、音が若々しく聴こえますもの。

私も若いころ(ああ、嫌だわ~、このセリフ)は、

勢いで、弾いていたような気もしますし、

初恋をイメージし、

そのころの感情を描いた音で弾いていたかもしれない。

今は、勢いを抑え気味に、あの頃を懐かしむ音であるかもしれない。


この幻想即興曲は、

曲の持つイメージに入り込みやすさもありますし、

技術的にもそれほど難しくないほうなので弾きやすいです。

(発表会向きかな・・・?)


嬰ハ短調という調であるにもかかわらず、

ぜんぜん重々しく感じないですし、

何よりも美しいメロディが際立っていて、

それが10代前半くらいの女の子たちを魅了させ、

夢中になって弾かせてしまうのかもしれません。


以前書いた記事にも書きましたけど、

ちょうど思春期に入ったころ、

この曲ほど、すんなりと入ってくる曲はないのではないかと

思えるのです。

その時期だからこそ、感じるもの?

そんなものがあって、

それを知っている人が大人になっても、いいと感じるのかな?

( この曲は、正直、漠然としていて、

  言葉でどうこうと言える曲ではないです。

  感覚的に人がとらえるものがあるように感じています。)


むか~し、NHKテレビで

シプリアン・カツァリスのこの曲のレッスンがありました。

テキストが手元にないので、はっきりと覚えていないのですけど、

とても美しい旋律で奏でられる中間部(Moderato Cantabile.)で、

弾いていてとても素敵だなと感じる部分(60小節目、72小節目)で

そこを、天使が舞い降りる・・・だったか、

そんな表現をされていました。


天使といえば、神様の使い。

この曲の作曲時期は、神を信じている時期であったのでしょうか?

なんて、考えてしまったのですけど、

たしかにこの部分はそういうイメージがしっくりとくるなあと

当時思いました。


・・・ショパンって、神様をどう思っていたのでしょうね?


いろいろな作品を弾いてみると、ちょっと考えてしまいます。

ショパンの場合、

あまり深く信仰していなかったように感じるのです。

以前紹介した曲、スケルツォ 第1番のように、

宗教曲が関係した曲もありますけどね・・・


人は、

耐えがたいほどのつらいことがあり、それがたて続けにあると、

神様は本当にいるのだろうか?

神様はあまりにひどいことをなさる・・・

神様は我を見捨ててしまったのか?

などど思い、いろいろと不信感を抱いてしまいます。

助けてほしい、と願っても、そうならない現実。

それがあると、絶望してしまいます。


ショパンの作品には、そんな思いが感じられる曲があります。

神様をどう思っていたのだろうかと考えると、

人生途中から、

神様を信じられないという気持ちになってしまったのではないかなと

思うのです。

救われないから、ただ音楽に向かう、ピアノを弾く。

思いをぶつけられるのは、音楽であり、ピアノである。

そんな感じであったのかな・・・?


でも、

この幻想即興曲は、

それほどのショパンの強い気持ちが感じられないです。

(20代半ばごろの作品。)

きっと、そんな心境になっていないころの作品なのですね。


なんというのか・・・若いと言ったらいいのかな?

年齢的に大人ではあるけれど、子どもとしての立場の音?

まだまだ精神的に甘い・・・、そんな時期であったのかな?



ショパンの場合、

誰かがいて生きている(誰かの支えがあって生きている)ような気もするので、

もしかしたら、

最期まであまい感じであったかもしれませんが・・・(失礼な言い方ですね・・・

でも、それがいいところでもあって、

多くの人に愛される作品となっているのでしょうか?


そう考えると、

年齢的に若い方の演奏の音のほうが、

この曲には向いているのかもしれないですね。

ある程度年齢を重ねた人の音が、

感傷的に聴こえるのは、そのせいなのかもしれません。

(私だけかしら?)


もしよかったら、聴いてみてください。


この曲は、楽譜の版によって、多少の違いがあります。

↓ ユンディ・リの演奏で(CMつきです)
Yundi Li - Chopin "Fantasie" Impromptu, Op. 66

↓ フィリップ・アントルモンの演奏で(CMつきです)
Chopin-Impromptu no. 4 in C sharp minor, Op. posth. 66 (Fantaisie Impromptu)

↓ ウラディ―ミル・アシュケナージの演奏で(CMつきです)
Chopin Fantasie Impromptu Op. 66 (Vladimir Ashkenazy)

↓ アルトゥール・ルービンシュタインの演奏で(CMつきです)
Arthur Rubinstein - Chopin Fantaisie Impromptu in C sharp Minor, Op. 66 Posth

↓ クラウディオ・アラウの演奏で(CMつきです)
Claudio Arrau - Chopin Fantasie Impromptu opus 66

↓ エミール・ギレリスの演奏で(CMつきです)
Emil Gilels - Chopin, Fantaisie-Impromptu

↓ ウラディミール・ホロヴィッツの演奏で(CMつきです)
Horowitz plays Chopin: Fantasie-Impromptu Op. 66

ここにいくつか取り上げてみましたが、

聴くとCMつきしかない?という曲は、初めてかもしれないです。

(最近、You-Tubeの映像は、CMつきばかりになってきていますね…)


↓ ウラディ―ミル・アシュケナージのCD

ショパン:前奏曲(全曲)/即興曲(全曲)



↓ こちらは、MP3

Fr・・d・・ric Chopin: Impromptu No.4 in C sharp minor, Op.66 "Fantaisie-Impromptu"




↓ ユンディ・リのMP3

Fr・・d・・ric Chopin: Impromptu No.4 in C sharp minor, Op.66 "Fantaisie-Impromptu"






関連記事

あなたは、許すことができませんか?

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


今日、2つ目の記事になります。


音楽紹介の記事をご希望の方は、

一つ下の記事をご覧ください。


ここ最近、

音楽に関係のないことを書くことを控えるようにするか、

他のブログを立ち上げるかを考えていましたけど、

どちらも、今の私には無理だと感じました。


しばらくは、これまで通り、思うままに書いていきますね。


このブログに新規で来られる方も増えているようなので、一言。

新規訪問された方で、お時間のある方は、

カテゴリ欄の「ごあいさつ」を読んでみてください。


 ついでに、「自己紹介」の記事を新たに書いてみました。

( 内容は、自己紹介といえるほどものではなく、ブログ紹介です。

  リピーターの方も、よかったら、こちら をお読みください。


さて、今日書くことは、

ネットで多くの人の言葉を読んでみて感じた疑問に思ったことです。


「あなたは、許すことができませんか?」


とタイトルを書きましたけど、

これは、「すべての人を」という意味ではなく、

あなたは、どうしても、


「身近に接することのない人」を許すことができませんか?


という意味です。


不思議なのですよ。

身近にいる相手でもない相手を、

「絶対に許せない!」

と書いている方が多いというネットでの現象が。


実際に、自分が何かをされたとか、自分が被害にあったという場合、

その相手を絶対に許せないというのであれば、理解できます。


なぜ、遠くの存在である人のことを、許せない・・・とするのでしょう?

不思議ではありませんか?


許す、許せない。


その対象となる人が、

「遠い存在の人」である場合、

何をもとにして考えて、判断を下しているのでしょう?


自分の目で見たわけでもない。

自分の耳で聞いたわけでもない。


情報は、すべて、「誰か」から得るのです。

(もちろん、自力で情報を得て、判断を下しているのであれば別ですよ。)


誰かから得た情報が、果たして100%、正しいと言えるのでしょうか?


その情報は、誰かが意図的に流した情報であるかもしれないのです。

でも、

多くの人は、その誰かの情報をもとに判断をします。

その誰かの情報は、間違いがない、というかのように・・・


これって、非常に危険だと思うのです。


冷静な目で見て、聞いて、冷静に判断した人の情報であればいいかもしれません。

でも、

誰かの情報というのは、

その「誰か」にとって、とても利点のある情報であるかもしれません。


今の日本で流される情報のすべてが、

冷静に判断できている人が流した情報とは思えないのです。

その人の思い・考え。

それが感じられることがありますから。

新聞にしても、テレビのニュースにしても・・・


ある出来事をただ、こうあったと流しているだけ・・・

一見、そう見えますね。

でも、

メディアによって違いが出てくることがあるでしょう?

なぜ出てくるのでしょうか?


それは、それぞれの立場があり、

その立場での見方で、書いているからではないでしょうか?

しかも、

都合の悪い情報を流さないようにし、

都合のいい情報を流すようにしているから・・・

ということもあるのではないでしょうか?


それを冷静に考えることなく、そのまま受け入れてしまう人の場合、

その情報で言っていることをそのまま受け入れることになりますから、

批判であれば、同じように批判をしてしまいます。


悪いこと、であれば、悪いことだ!とみなしてしまうのです。


本当に、悪いことであるのか?

それが、どの程度悪いことであるのか?

と、

冷静に考えてみたら、あれ? それほどでもないのではないか?

ということに気づくことがあります。


ネットでの批判を見ていると、

なにがなんでも悪い!という感じで、批判をしている人たちが多いです。

それは、とても怖いことであると、私は感じます。


多くの人は、

世間の多くの人たちと同じように批判をしがちです。

同調しがちです。


批判というのは、

その相手がどうであるのかを詳しく知ってからしたほうがいい、

私は、そう思うのです。


その相手がどういう立場であるか、ということだけで、

批判をするのは、早急すぎませんか?


みなさん、結構、「立場」を理由に、

徹底的に批判をしていらっしゃいますね・・・


「なんらかの立場になると、批判されることは当然である。」


それは、正論のように感じますが、

どの程度のことであるのかどうか・・・?

少しは、考えてみて欲しいと思います。


よく批判された人たちが、

自分のしたことをここまで悪く批判されるとは思わなかった・・・

というような感じでおっしゃっていません?

「立場」に立つ人は、

批判される立場にあり、徹底的に批判されて当たり前という、

多くの人との考えとのギャップがあるのですね。


どうしても許せない・・・


こういう感情を持つ人たちが非常に多い世の中である現状。

これを知らずにいると、徹底的に批判されてしまうのですね。

時々、気の毒だなと思います。


絶対に許せない、というケースは、

実は、少ないのではないでしょうか・・・?

少なくとも私は、

よく事情がわからないのであれば、「絶対に許せない」とはしません。

その裏はどうであるのかを探ります。

見方を変えると、

それほどの批判をすべきであるのかないのかがわかってきますから。


人とのコミュニケーション。


「許せない」という感情を簡単に持ってしまうと、

一生、その相手とはうまくいかないと思います。

それでは、多くの人とうまくいかなくなってしまうでしょう。

「許せない」を「許してみよう」という見方で考えてみると、

相手が違って見えてきます。

そうしてみること、大事ではないかしら?


さあ、絶対に許せない、という方、

今度は、あなた方に書きます。


あなたは、なぜ、許せないのでしょう?


その許せないという感情。 私は非常に怖いです。

過去に、同じように、批判された経験があるのでしょうか?

遠い存在である人を許せないと言われるのですから、

身近な人の場合、もっとすごい感情を抱くのではありませんか?

何がなんでも許せない!とね。


それは、実はいじめにつながっている、私は思うのです。


自分の親しい誰かが、誰かを批判したとしましょう。

同じように、その誰かを批判していませんか?


親しい人が言っているのだから、

それは正しいことで、私も同じように批判をすべきだ、

と思っていませんか?


お仲間(グループ)。


今の日本人、

自分のお仲間の人に簡単に同調してしまう傾向にあると感じています。

仲間はずれになりたくないから・・・

なんて、思いがあるのでしょうか?


若いうちからそんな感じでいると、生きにくく感じません?

ちょっとしたことで、許せない!という感情を誰もが持ってしまうと、

自分も批判をされないように、となってしまいます。

あたりさわりのないことを話し、うまくやっていけるようにしていく。

それって、疲れません?


みなが、「許してみよう」という見方で物事を見てみる。


そうすることで、かなり生きやすくなるのではないかしら?

いじめも減るのではないかしら?

見方を変えると、

相手がどう考え、どう行動しているのか、見えてきますよ。

そうすると、

ああ、この人はこう考えていたから、こういう行動をしたのだと、

理解できます。

そうして、

相手の立場になってみると、

意外と、許せる気持ちになってくるものです。


そうして、歩み寄っていく?

そうすると、うまくやっていけるようになる?


なんて、思うのですけどね・・・

そう思うのは、私だけなのかしらね?



関連記事

マスネ 10の風俗的小品 (10 pièces de genre ) Op.10 No.5  「メロディ」

こんにちは。

今日は、これまで、一度も取り上げていなかった

フランスの作曲家の曲を紹介しますね。


ジュール・マスネ の 10の風俗的小品 Op.10 より 第5曲目 メロディ


マスネというと、

タイスの瞑想曲が有名ですし、オペラの作曲家というイメージでしょうか?

ピアノ曲もいいなと思う曲があります。

彼の「10の風俗的小品」は、

フランスらしい洗練された美しい音だなと思います。


この曲集は、以下のように構成されています。

  1  夜想曲     Nocturne
  2  行進曲     Marche  
  3  舟歌      Barcarolle
  4  リゴドン    Rigaudon
  5  メロディ    Mèlodie
  6  サルタレッロ  Saltarello
  7  古い歌     Vieille Chanson
  8  伝説      Lègende
  9  フゲッタ    Fughette
 10  カリヨン    Carillon



今回取り上げる、第5曲目のメロディは、

とても哀愁を帯びていて、寂しく物悲しい感じがしてきます。

ちょうど今の季節のイメージかな・・・?

木々の葉が落ちて、寒さが増してくると、ちょうど合うような曲に感じます。


聴いていると、

とても寂しそうな表情をし、涙を浮かべているような人が見えるよう。

自分まで、同じように、そうなってしまいそうな感じはあります。

でも、共感するというのかな?

一緒になって、その音と寄り添うのもいいなあと思えてきます。

私はそうでも、逆に嫌になるという方も多いでしょうか?

感じ方は、人それぞれですからね・・・

そんな方でも、

この曲は、重くなく、聴きやすいのではないかなと思います。


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ シュテファン・イルマーの演奏で全曲を。
   (9分32秒ごろから12分0秒ごろまでが、メロディです。)
Jules Massenet - Stefan Irmer - 10 pièces de genre op 10 (1867)

↓ 前半はアルド・チッコリーニの演奏、
    後半(2分18秒ごろから)はアート・テイタムの編曲・演奏で
    ガラッと雰囲気が変わりますが、聴き比べをすると面白いです。
Massenet - Elegie & "Elegy"


この曲は、ピアノ以外の楽器での編曲もいろいろとありますが、

「歌曲集第1巻」という歌曲集が

ピアノ曲である「10の風俗的小品」が作曲されたあとに

作られました。

その歌曲集の中に「メロディ」の編曲版が入っていて、

題名が「エレジー」となっています。

 歌曲は、下記の歌詞以外のものもあるようですが、こちらを紹介します。

 ↓ ルイ・ガレのフランス語歌詞です。

 Ô, doux printemps d'autre fois, vertes saisons,
 Vous avez fui pour toujours!
 Je ne vois plus le ciel bleu;
 Je n'entends plus les chants joyeux des oiseaux!
 
 En emportant mon bonheur, mon bonheur...
 Ô bien-amé, tu t'en es allé!
 Et c'est en vain que le printemps!
 Oui, sans retour, avec toi, le gai soleil,

 Les jours riants sont partis!
 Comme en mon coeur tout est sombre et glacé!
 Tout est flétri
 pour toujours!



歌詞があると、

この曲は、失恋の曲だったのかと、わかります。

恋を失って、明るかったはずの未来が、一変してしまい、

恋人との幸せだった思い出も一気に消え失せて、

心が冷え切ってしまったような感じ・・・でしょうか?

一人でいる寂しさ。

この曲からは、それが、感じられるのですね・・・


よかったら、こちらの歌も、聴いてみてください。

↓ ムスティスラフ・ロストロポーヴィチのチェロとプラシド・ドミンゴの歌声で
Placido Domingo & Mstislav Rostropovich-Jules Massenet

↓ ミッシャ・エルマンのヴァイオリンとエンリコ・カルーソーの歌声で
Enrico Caruso - M.Elman_Elegie (Massenet) - 1913 on HMV-163


↓ ピアニスト・シュテファン・イルマーのMP3(6番目になります。)

Massenet: Complete Piano Works



↓ ピアニストのアルド・チッコリーニのMP3(14曲目になります。)

マスネ:ピアノ作品集



↓ ジャズピアニストのアート・テイタムのMP3(26曲目になります。)

Art Tatum - The Standard Transcriptions



↓ 歌手エンリコ・カルーソーのMP3

Elegie - Massenet



この曲のピアノ版の楽譜は、 こちら になります。



ベートーベン ピアノソナタ第20番 Op.49 No.2

こんにちは。

今日は、明るい曲を紹介します。


ベートーベン の ピアノソナタ第20番 Op.49 No.2


ここ最近、暗い気分でいましたが、

この曲を聴いて、子どものころを思い出し、

元気が出てきたので、紹介してみることにしました。


この曲は、ベートーベンのピアノソナタの中でも、

やさしい曲、

たぶん、一番最初に弾くことになる曲ではないかな?と思います。

ベートーベンのピアノソナタ第19番のOp.49 No.1と同様に、

「やさしいソナタ」の名がついています。

第20番となっていますが、

第3、4番のころに作曲されたようです。


ソナチネアルバムを終え、

ソナタアルバムに入り、この曲を弾くようになると、

やっと、

曲を弾いている、曲を習っているという実感がわいてきて、

嬉しかったのを覚えています。

しかも、ベートーベンですしね。

 (クラシックに疎い父も、これを聴いて、

  やっと娘が「曲を弾きだした」と、思ったそうですよ。)


<余談ですが・・・>


 ご存じの方は、少ないかもしれませんが、

 むか~し、『スヌーピー』のアニメが、

 テレビで放映されたとき、

 小さなピアノを弾くシュローダーが、この曲を弾いていました。

 確か、彼はベートーベンをとても尊敬していたと記憶しています。

 ( 私は、小学生の低学年ごろ、
   スヌーピーをとても気に入っていて、
   スヌーピーのマンガ(英語版)をいくつか買い、
   絵を見て、わけがわからない英語を、
   なんとなくで理解していましたが、
   何をピアノで弾いているのか、当時はわからず、
   テレビで観たときは、感動しました・・・ 
   シュローダーが弾いていたのはこれだったのか~と。
   結構、速いテンポで第1楽章を弾いていましたよ。
   そこが、天才という表現なのかな?)


この曲は、あまり深く考えることなく、

この曲の持つ明るさで、楽しみながら弾く・・・

私は、子どものころ、そう弾きました。


ピアノを上手に弾けるようになりたいと思い、

習い始めましたが

レッスンを始めるとすぐに、

「ピアノを習う」ということは、

楽しいことである、というよりも、

毎日、指の訓練をするもので、かつ、

あまり面白味のない曲や練習曲ばかりを弾くのもので、

そう簡単には、

弾きたいと思うような曲が弾けないのだとわかります。

そして、

もっと楽しいと感じる曲を弾くことができたらな・・・と

思うようになります。

それができるようにと、日々頑張るのですけど、

それができるようになるまでには、

小さな子どもには、

とても長い道のりに感じるかもしれませんね。

そんな中、

ピアノを弾くことは楽しいのだと再認識させてくれた曲です。

私は、ソナタアルバム1あたりから、

やっと弾きたいと思えるような曲を弾かせてもらえるようになったと、

感じています。

 ( だから、父の指摘は正しかったかな? )


でも、

ここまでのレベルになるのに、

挫折してしまうお友達が多かったですね。

 当時は、電子オルガンではなく、

 アコースティックピアノを

 すんなりと買い与える家庭が多かったのか(ブームだったかな?)、

 たいていのお友達の家には、ピアノがありましたけど、

 使われていないピアノは、可愛そうでしたね・・・

 親が好きでもないのにやらせたか、

 親があれこれと言ってしまって、挫折してしまったのかな?


「ピアノを習う」って、

ピアノが好きでないと、長く続かないのかもしれませんね。

でも、

このピアノソナタが弾けるようになると、楽しくなってきます。

もっと練習したら、

もっともっといろいろな曲が弾けるようになるわけですからね。


このベートーベンのピアノソナタ第20番は、

子どもの気持ちを、やる気にさせてくれる曲かもしれません。

「やさしいソナタ」というだけあって、

初めて弾くピアノソナタとして考えると、

とても弾きやすい曲だと思います。

以前紹介した、モーツァルト ピアノソナタ K.545 よりもね・・・ 

( 私だけかな? )



もしよかったら、聴いてみてください。



↓ ヴィルヘルム・ケンプの演奏で
Beethoven piano sonata no. 20 op. 49 in G major (Full)

↓ リチャード・グードの演奏で
Beethoven - Sonata No. 20 in G major, Op. 49, No. 2 (Richard Goode)

↓ スヴャトスラフ・リヒテルの演奏で
Sviatoslav Richter: Beethoven Sonata No. 20 G-major


シフ・アンドラーシュが
この曲を講義しているものがありました。

↓ よかったら、参考にどうぞ・・・
  (英語ですが、聴き取りやすいです。)
Beethoven Piano Sonata No. 20 in G major, Op. 49, No. 2 'Two Easy Sonatas'


↓ ヴィルヘルム・バックハウスのCD

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ全集



↓ ヴィルヘルム・ケンプのMP3(こちらは第1楽章)

Ludwig van Beethoven: Piano Sonata No.20 in G, Op.49 No.2 - 1. Allegro ma non troppo



↓ ヴィルヘルム・ケンプのMP3(こちらは、第2楽章)

Ludwig van Beethoven: Piano Sonata No.20 in G, Op.49 No.2 - 2. Tempo di Menuetto






関連記事

ショパン 12 Etudes Op.10 No.9

おはようございます。

今日も、気分に合った曲を紹介しますね。

今回も思ったままに、書いてみます。


ショパン の 12の練習曲 作品10 第9番 ヘ短調


先日もショパンのエチュード(作品10 第6番)を紹介しましたが、

このエチュード(作品10 第9番)とともに、

どちらも個人的には、好きではない曲ですが、

なぜか、気分が合うので、頭の中で流れてきます。


どちらも、エチュードの中では弾きやすい曲ですが、

普段はあまり好んで弾きたいと思えないほど、

どちらも哀愁が漂っていて、重々しく感じます。

自分自身まで、

この曲の持つ雰囲気にのまれてしまいそうになりますから。

それが嫌で、弾きなさいと言われない限り、弾かなかったです。


でも、この曲は、

真っ暗の状況で,先が見えなく、

不安になっているときの自分に似ているような気がして、

聴いていると、むしろ、慰めに感じてきます。


先が見えない不安。

これって、

自閉症の方だけではなく、ごく普通の人も感じる不安です。

それを強く感じてしまうのが自閉症であるだけで、

彼らは特に変わった存在でもなく、

感じ方が普通の人よりも、強いだけなんだと私は思っています。


私は普通に生まれてきましたが、

やっぱり、何かがあると、この先はどうなってしまうのだろうかと

とても不安になります。

人の何倍も敏感なだけに、

その不安は、他の人よりも、強いかもしれません。


そんな不安を抱いていると、

どうしよう、どうしようと切羽詰まった感じになってきます。

この曲は、

そんな自分を少し落ち着けようとしてくれるような気がするのです。

穏やかに歌いながら、ね。

過去のいい思い出を回想でもしているのかもしれませんね。

でも、

この曲には、

途中、「叫び」があります。

この部分を、

ピアニストによって、

さらっと流して弾かれる方と、

そこを意識して弾かれる方の違いがあり、

この曲の聴こえ方が全く違ってきますけど、

私は、この「叫び」には意味があると思っています。

この音を聴くと、

一生懸命、曲全体で

この不安を必死に抑えようとしているのかなと思えてきます。


そして、最後は、祈り。

祈ることで、自分の気持ちを落ち着かせているように感じます。

かなわないかもしれないけれど、

少しも望みはないかもしれないけれど、

希望を少しでも持ってみたい・・・

ただ、自分で自分を慰めているだけかもしれないけれど、

それもとても大事なことで、

この状況を精一杯保つことができるのかもしれないですね。


よかったら、聴いてみてください。


↓ ウラディーミル・アシュケナージの演奏で(CMつきです)
Vladimir ASHKENAZY - Chopin Etude no.9 op.10 (1963)

↓ マウリツィオ・ポリーニの演奏で(CMつきです)
Pollini plays Chopin Etude Op.10 No.9

↓ アルトゥール・ルービンシュタインの演奏で
Chopin Etude Op 10 No 9 F minor Rubinstein Rec 1959.wmv

↓ マレイ・ペライアの演奏で
Chopin-Etude no. 9 in F minor, Op. 10 no. 9

↓ ルース・スレンチェンスカの演奏で
   (音が聴きづらいかもしれませんが・・・)
Chopin / Ruth Slenczynska, 1971: Étude Op. 10, No. 9 in F minor

↓ アルフレッド・コルトーの演奏で
ALFRED CORTOT - Chopin Etude no.9op.10


↓ サンソン・フランソワのCD

Etudes Op.10 & Op.25



↓ マウリツィオ・ポリーニのCD,MP3(9番目になります。)

Chopin: Etudes Op.10/Op.25



~ 過去の関連記事 ~

・ ショパン エチュード Op.10 No.3
・ ショパン エチュード Op.10 No.4
・ ショパン エチュード Op.10 No.6
・ ショパン エチュード Op.25 No.1
・ ショパン エチュード Op.25 No.11



関連記事

アクセス解析から見える「人」

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


今日は、音楽紹介はお休みさせていただきますね。

これは、FC2のブロガーさん方に向けて、書いています。


最近、

新規のFC2の訪問者がいらっしゃっているようです。

  過去の、このブログについて書いた記事は、 こちら になります。

  初めて訪問された方は、読んでみてください。 ↑


さらに読まれる方は、

< 続きを読む > へ どうぞ・・・

思ったことを書いています。



続きを読む

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リヒャルト・シュトラウス 交響詩『死と変容(死と浄化)』(Tod und Verklärung )Op.24

おはようございます。

ここ最近、明るい曲を紹介できなくて申し訳ないです。

もうしばらく、おつき合いください。

今日、紹介するのは、


リヒャルト・シュトラウスの 

     交響詩『死と変容(死と浄化)』(Tod und Verklärung )Op.24



生と死。

生きている限り、いつかは必ずやってくる死。


その死と直面。


そのとき、

自分の人生を振り返ったり、

まだまだやりたいことがある、という気持ちに

なったりするのでしょうか?

死の恐怖を感じることになるのでしょうか?

そう考えると、

「死」というものがかなり怖くなってきますね。


この曲を聴いていると、

死に直面すると、そういう気持ちになる人は、

もっともっと生きて、

もっともっといろいろなことがやりたいという

「生」への強い思いがあるのだなと、

羨ましくも思えたのです。


作曲家が25歳のころの作品。

若くして、死と直面するような経験をされて作曲したそうですけど、

この年齢で、死は早すぎますし、

「生」への強い思いがあるのですね。


私も、以前は、若いころは、そうだったかもしれない。

残念ながら、私はその逆かもしれない・・・

いつ死んでもいいと思うのですから。

生きなければいけないから、生きる。

生きることを望む人がいるから、生きる。

生き続けるのは、自分のためではなく、誰かのためである。

そうしているような気がします。


この生きたい!という気持ち。

これって、大事ですね。


でも、それが強ければ強いほど、

この曲のように、

死に直面すると、壮絶な戦いをすることになるのですね。

自分の人生を回想しては、死との戦いがはじまる。

それを繰り返す。

この曲の最後に、死が訪れます。

病人は、戦いが終わって、

肉体からの苦痛から逃れ、

魂が安らぎ、浄化され、天へ昇っていく。


その最後の音を聴いていると、

苦しみのあとに、安らぎがやってくる・・・

そう感じられてきて、心の救いになります。

そうであってほしい。

そう願います。



もしよかったら、聴いてみてください。(約25分くらい。)


↓ リヒャルト・シュトラウス指揮
  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で
Richard Strauss conducts his tone poem "Tod und Verklärung"

↓ ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
   ハンブルク・フィルハーモニカーの演奏で
Wilhelm Furtwängler "Tod und Verklärung" R. Strauss

↓ ユージン・オーマンディ指揮
   フィラデルフィア管弦楽団の演奏で(CMつきです)
リヒャルト・シュトラウス 交響詩 《死と変容》

↓ レオポルド・ストコフスキー指揮の演奏で
Stokowski/Philadelphia - Strauss: Tod und Verklärung op 24 (Death and Transfiguration)

↓ ヴィクトル・デ・サバタの指揮で
Richard Strauss Tod und Verklärung - V.De Sabata

↓ アルバート・コーツ指揮、ロンドン交響楽団の演奏で
1st Recording - Strauss: Tod und Verklärung, Op 24


↓ ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮のCD

R.シュトラウス:交響詩「死と変容」 / メタモルフォーゼン [DVD]



↓ ハンス・クナッパーツブッシュの指揮のCD

リヒャルト・ シュトラウス:アルプス交響曲、交響詩「死と変容」



この曲、初めて聴かれる方は、どう感じるのでしょう?

「死」を常に意識して生きている人と、

そうではない人では、聴こえ方が違ってくるのでしょうか?

私は幼少のとき、

重症で寝込んでいた時期があったそうですが、

残念ながら、その間の記憶がなく、

そんな状態にあったことを周りの大人から聞いて知ったくらいです。

でも、リヒャルト・シュトラウスのようなことを感じたから、

その後、常に「死」を意識するようになったのでしょうか・・・?

なんて、思ってしまいます。

不思議と小さいころから、「死」を恐れていました・・・

なんとなく、この曲は、何度も聴いてみたいと感じる曲です。

浄化を感じられる最後が好きです。



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ショパン 12 Etudes Op.10 No.6

おはようございます。

かなり沈んだ気分でいますが、

その気分にぴったりだと感じる曲を紹介してみます。

感じたままに、書きますね。


ショパン の 12の練習曲 Op.10 No.6


何かつらいことがあったのね・・・


静かで、光があまりない暗い場所。

好んでそんな場所にいて、物憂いの表情でいるかのよう。


ゆったりと時は刻まれていく。


何かが聴こえたとしても、感じない。

何かが見えたとしても、見えない。

まわりに誰かがいたとしても、何かがあったとしても、

たった一人でその場にいるかのような感じ。

感覚がわからなくなってしまっているような状態。

でも、

そんな中に少し光が差し込んでくるところ・・・

変ホ短調から、ホ長調に変わるところで、

周りが見えてくる。

でも、

それは、それまでとは違った感覚で見えてしまう。

何を見ても、何を聴いても、以前とは違って感じてしまう。


これまでと同じようには生きていないんだ・・・


と気づくのですね。

心が、ほっかりと穴の開いてしまった。


また、

変ホ短調に戻ります。

生きている自分に激しく思いをぶつけ、叫ぶ。

それが、また虚しい・・・

そう感じ、また、もとのようになる。

最後、少し気持ちを明るくし、前に向かおうとするものの、

やっぱり、沈んでしまう・・・


希望。


これが見えていると、こうはならないでしょう。

希望どころか、絶望が感じられてしまうと、

どうしようもない。

この曲は、力すら出なくなってしまっている人のよう。

少しでも明るい未来が見えないと、人はそうなってきますね・・・

私も今、そんな気分を味わっています。


ショパンの12のエチュードの中では、

技術的には、やさしい曲だと思いますが、

光のないような世界にいるかのような気分になるような感じが

出せるかどうか・・・

そう感じたことのある人とない人では、

音が違ってくるでしょうね。

( これは私の解釈であって、違うかもしれませんが。)


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ マウリツィオ・ポリーニの演奏で(CMつきです)
Pollini plays Chopin Etude Op.10 No.6

↓ ヴラディーミル・アシュケナージの演奏の演奏で
  (Op.10 の No.1 ~ 6 まで、11分0秒からNo.6 )
Chopin / Vladimir Ashkenazy, 1960s: Etudes, Op. 10, Nos. 1 through 6 - Vinyl LP

↓ アルフレッド・コルトーの演奏で
ALFRED CORTOT - Chopin Etude no.6 op.10

↓ ウラディミール・ホロヴィッツの演奏で
V. Horowitz - Étude Op. 10, No. 6 (F. Chopin)

↓ アルトゥール・ルービンシュタインの演奏で
Arthur Rubinstein - Chopin - Etude No 6 in E-flat minor, Op 10

↓ スヴャトスラフ・リヒテルの演奏で
Sviatoslav Richter plays Chopin Etude op. 10 no. 6 in E flat minor

↓ ヴラディーミル・ソフロニツキーの演奏で
Vladimir Sofronitsky plays Chopin Etude in E flat minor Op. 10 No. 6

↓ アンドレイ・ガヴリーロフの演奏で
Andrei Gavrilov - Chopin Etude op. 10 n. 6


↓ ヴラディール・アシュケナージのCD

ショパン:練習曲集(全27曲)



↓ サンソン・フランソワのCD

ショパン:27の練習曲



↓ マウリツィオ・ポリーニのCD・MP3(6番目)

Chopin: Etudes Op.10/Op.25






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一目見ん一目見ん・・・

こんにちは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


今日は、ちょっと今の心境を書かせていただきますね・・・

音楽希望の方は、一つ下の記事へスルーしてください。


みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞただにいそげる


という短歌を中学校で習った記憶があります。

たぶん、私の中で、

この句ほど、いつまでも印象に残っていた句はないでしょう。


なぜか?


おそらく、私は母の元をいつか離れる・・・

それを感じていたのだと思います。

きっと、そんな思いをすることになるだろうとね。

だからこそ、

中学生だった私に、強い印象を与えたのだと思います。


女という立場。

結婚したら、親の元を遠く離れ、

親に頼ることなく、甘えることなく、生活していかなくてはいけない。

なぜか、小さいときから、そんなことを理解していました。

すごい子どもだったかもしれません・・・

それだから、親元にいる間は、相当な「あまちゃん」だったかな?


母という立場。

子どもを産んだら、子どもを放置するわけにはいきません。

自分よりも、子ども。

子どもの幸せを第一に考える。

なぜか、小さいときから、そんなことを理解していました。

やっぱり、すごい子どもだったかも・・・

そのくらい、私の母は、

子どもたちを何よりも、大事にして生きてきたのですね。


今、寝たきり状態になっている母の元へ急ぎ駆けつけたい・・・


明日から母の元へ行く予定でいました。

でも、

それができなくなってしまいました。

緊急事態発生。

子どものほうをみなくてはいけなくなってしまいました。


今、私が子どもから離れると、非常にまずい。

そんな危機を感じています。

子どもというのは、

親が精神的に不安定でいることを察します。

それが、どうも影響してしまったようです。

思っている以上に、子どもというのは、

親の気持ちがわかるのかもしれません。

心配なのですね・・・


結局、

母という立場では、子どもをとるわけです。

母、夫、子ども、

その中で一番優先して助けないといけないのは、誰か?

となれば、

母の立場でいる私は、子どもをとることになるのです。

親をとれないのですよ・・・


親不孝者ですか?


でも、

きっと母は、それでよい、と。

そう言うでしょう。

だから、そうします。

そうして生きてきた人だから。


茂吉さんの歌のように、急ぎ駆けつける・・・

できたら、いいですね。

子どもの状況によっては、私はできないかもしれません。

それを覚悟しなくては・・・


親のそばにいて、看病できる立場の人がちょっとだけ羨ましいです。

親孝行ができるわけですから。


結婚したら、親の近くに住む、親の顔が見られる距離に住む。

そんな風に生きていくのが、親孝行娘でしょうか・・・?


みちのくの母のいのちを一目見ん一目見んとぞただにいそげる


この短歌の気持ち。

とてもよくわかります。

一目見ん・・・

できたら、いいですね。


↓ もしよかったら、こちらの記事もお読みください。

ブラームス 眠りの精

母の思い出の曲です。 

時々、弾いてみるのですけど、母の前で弾いてみたいですね・・・ 



関連記事

プッチーニ の 弦楽四重奏曲 菊(Crisantemi)

おはようございます。

今日もちょっと暗いイメージの曲かもしれませんが、

いい曲なので、紹介してみますね。


プッチーニ の 弦楽四重奏曲「 菊(Crisantemi ,クリザンテーミ)」


この曲は、始まるとすぐに鳥肌がたってきます。


静かな音でありながら、

作曲家のこの曲への思いがとても強く感じられます。


深い悲しみ。


何にもできなくて、声もかけられなくて、

できるのは、ただそばに居て、そっと見守るだけ・・・


そんな感じになってきます。



それにしても、

「菊」の花は、

イタリアでもお墓にお供えするお花だったのですね。


というより、

元は、ヨーロッパのほうがお墓にお供えをする習慣だったようですね。

日本のほうが、後だったとは・・・


作曲されたのが、1890年。

幕末の時代に日本からヨーロッパにもたらされた菊。

( 最初は、中国がもたらしたそうですけど )


ヨーロッパでは、

ポンポン菊のようなイメージなのかなと思っていたら、

どうも、スプレー菊のような花みたいですね・・・


中国では、9月9日は重陽の日で、菊の節句ですし、

日本では、菊は高貴で、いいイメージであったのが、

いつのまにか、

ヨーロッパの風習が日本に伝わったことで、

仏の花のイメージになってしまったのですね。


この曲は、大切な人の死を悼んでいるという曲。

悲しみを深く感じている人にとっての菊の花。


この曲には、言葉はいらない・・・

そう感じます。

音を聴いているだけで、

ストレートに気持ちが伝わってきますから・・・


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ ルドルフ・ヴェルテン指揮の演奏で
G. Puccini - "Crisantemi" by I Fiamminghi

↓ ローマ四重奏団の演奏で(CMつきです)
G. Puccini (1858-1924): Crisantemi


↓ ベルリン放送交響楽団のMP3

Giacomo Puccini: Crisantemi



↓ アントニオ・パッパーノ指揮、ロンドン交響楽団のMP3
  (18曲目になります。)

Messa Di Gloria / Preludio Sinfonico / Crisantemi






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フォーレ ラシーヌの賛歌 Op.11 (Cantique de Jean Racine)

おはようございます。

今日は、

心をリセットしてみるというと合わないかもしれないですけど、

心を一度きれいに洗い流すような感じになってみようかと

曲を選んでみました。


フォーレ の ラシーヌの讃歌(雅歌)Op.11 (Cantique de Jean Racine)


私は、キリスト教の信者ではないのですけど、

宗教曲は嫌いではないです。


何かあって、

心が苦しいと感じるとき、平静に心を保てないとき、

誰かに頼ることもできないとき、一人孤独であると感じるとき、

そんな状況でも、


神様がどこかで見守ってくださっている・・・


そんな気持ちになることがあります。

苦しんでいる自分を支えていくには、

誰かの存在が必要なのかもしれません。


でも、

自分の心を支えていくのは、人では、なかなか難しいですね。

誰もが、まず自分を大事にし、精一杯で生きているから・・・

もし、自分よりも誰かのために、と生きている人がいて、

その人に、なんとか支えてくれと、

頼りきることは、

その人にとっては、心の負担が重すぎます。

そうさせるわけには、いきません。


だから、その支える誰かが、人ではなく、神様とする。

そうすることで、

自分を保つことが可能になってくるのかな?


どうしようもないときでも、

いえ、どうしようもないときこそ、

神様に、救われるような気になってくるのです。

心の持ち方が、

悪い方向から、いい方向へと変わっていくと

言ったらいいでしょうか?

神様の存在は、とても大きなものに感じます。


この曲は、

優しいまなざしで見守ってくださる神様をほめたたえる・・・

そんな思いでつくられたのでしょうか・・・?


フォーレのこの曲は、

とても清らかで、すがすがしく、

聴きやすいというのか、馴染みやすいというのか・・・

遠い宗教曲というより、近い宗教曲といったらいいのか・・・

わりと、違和感を感じない曲だと思います。

若いころの作品だからでしょうか?(18~19歳ごろ?)

まだ、それほどの苦しさを味わったことがないのかな?

それが、かえって、いいのかもしれない・・・


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ ケンブリッジ・シンガーズの歌声で(楽譜の映像あり)
   出だしが、悪いですが・・・
Cantique de Jean Racine - Faure

↓ フランス語の歌詞つきの映像で(CMつきです)
Cantique de Jean Racine :Fauré with Lyrics ラシーヌ讃歌:フォーレ


↓ バーミンガム市交響合唱団のMP3

Cantique de Jean Racine, Op. 11



↓ ケンブリッジ・シンガーズのMP3

Cantique de Jean Racine, Op. 11 (arr. for choir, violas, cellos, basses and harp)






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バッハ 3声のシンフォニア 第11番 BWV 797

こんにちは。

先日から、ブログのことでずっと悩んでいます。

そのせいか、またも、この曲が聴こえてきました。


バッハ の 3声のシンフォニア第11番 BWV 797


バッハのインヴェンションとシンフォニアは、

以前取り上げましたけど、

その中の、シンフォニアの第11番は、

なぜか、記憶に残る曲であったようで、

時々、こうしようかな・・・? ああしようかな・・・?

どっちに、しようかな・・・?

なんて感じに陥ってしまうと、自然と頭の中で聴こえてくる

不思議な曲です。


迷い。


これって、誰もが経験する、よくあることだと思います。

この迷いには、こんな風にわけられますか?


あらかじめ、自分では、

こうしようと決めていて、なかなか踏ん切りがつかないときと、


自分でどうこうしよう、なんて、まったく考えてもいないのに、

ある時、状況が変化したことによって、

考えなくてはいけない、

変えなくてはいけない、

という場合で、

でも、自分は、そうしたくはない、という気持ちがあることで、

悩み、迷う場合とありますか?


前者は、

できれば、

しようと思っていることを誰かに後押しとしてほしい、

という気持ちもあり、

後者は、

できれば、

変わらないでいて、と誰かに言ってほしいという気持ちもあり、

それが、

そう願うように、うまくいかないと、

さらに、悩んでしまうことになります。


いつまでも、迷うわけですね・・・


私は、よくなります。

優柔不断というのでしょう・・・


結局は、

どうこうしようという自分の気持ちがはっきりとしていないと、

いつまでも、そうなってしまうのですね。


決断するのは、自分。

自分の意志があって、ああしよう、こうしようと思う。

そして、実行できる。

こういうときは、さっさと行動できるのですから、

迷いがあるときは、

結局、

何も変えられないときであり、何も変えたくないときであり、

今のままの状態を望んでいるのかもしれませんね・・・


このバッハのシンフォニア第11番は、

なぜか、そんな気持ちでいるとき、

妙にマッチしてきます。


でも、私はこの曲を好きかな・・・


そんな状態であって、

いろいろと考えて悩むようなこと、

それも、いいのかもしれない。


そこまで、迷い続けると、

誰かに相談してみようなんて気になりません?

自分だけで、いつまでも、どうしようもないとなったら、

誰かに頼ってみる。

これも、いいことなのではないかしら?

もしかしたら、

後押しがあったり、

そのまま変わらないままでいいよと言われるかもしれない。

たとえ、

後押しがなくても、

変わらないでいいよ、という言葉がなくても、

それはそれで、

ああ、人は頼りにならないものだと悟って、

その後は、自分で、決める力を身につけていけるでしょう。


いつまでも、内に秘めて、悩んでいたら、

心は重い状態のままになってしまいます。

それより、いいのでは・・・?


・・・なんてね。


私もブログで、何度も何度も、

訪問してくださっているブロガーさん方に、

声をかけていただきました。

ありがたいと、思っています。


自分でなんでもかんでも抱えて、一人でやってみようと、

思っている私ですから、

時には、アドバイスをいただくと、気が楽になってきます。

誰かがいて、自分がいる。

自分は、一人では、生きていない。

そう思えるときですね。


もしよかったら、聴いてみてください。



↓ シフ・アンドラーシュ(アンドラーシュ・シフ)の演奏で
A Schiff plays Bach three part inventions No 11 in G minor BWV 797

↓ ロバート・ヒルの演奏で
J. S. Bach: Sinfonia in g BWV 797, Robert Hill, fortepiano

↓ グレン・グールドの演奏で(CMつきです)
Glenn Gould - Bach, Sinfona No. 11 in G minor

↓ タチアナ・ニコラーエワの演奏で
Three-Part Invention no.11 in G minor BWV 797 - Tatiana Nikolayeva ( Bach )

↓ ピーター・ワッチオーンのチェンバロ演奏で
J.S. Bach: Sinfonia 11 in G minor, BWV 797


↓ シフ・アンドラーシュのCD

バッハ:インヴェンションとシンフォニア



↓ ヘルムート・ヴァルヒャのCD

バッハ:2声のインヴェンションBWV.772~786、3声のシンフォニアBWV.787~801



↓ グレン・グールドのCD

バッハ:インベンションとシンフォニア



↓ シフ・アンドラーシュのMP3

Johann Sebastian Bach: 15 Three-part Inventions, BWV 787/801 - No. 11 in G minor, BWV 797




↓ グレン・グールドのMP3

3-Part Inventions (Sinfonias), BWV 787?801: Sinfonia No. 11 in G Minor, BWV 797



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・ バッハ インヴェンションとシンフォニア



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よかったら、ご覧になってください。

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。(*^_^*)


2カ月くらい前だったか、

ブログを紹介させていただきますね という記事で、

画家で、被災地支援の活動をされていらっしゃる

松井大門さまのブログの紹介をさせていただきました。


今、その大門さまのブログで、

その後の被災地での活動の映像が見られますので、

よかったら、観てください。


大門さまのブログは、 こちら  になります。


どうも、このブログから、少なくみても、

30人くらいの方は、ブログ訪問されたようです。

あまり訪問者が多くないこのブログですけど、

興味を持たれた方が多くいらしたので、驚いています。

みなさん、あの日を忘れていないのですよね。

そんな方々がこのブログを訪問されていること、

大変嬉しく思います。(*^_^*)



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クーラ 結婚行進曲 Op. 3 No. 2

こんにちは。

今日は、明るめの曲を選んでみました。


トイヴォ・クーラ 結婚行進曲 Op. 3, No. 2


クーラは、フィンランドの作曲家です。

結婚行進曲というと、有名なのは、

メンデルスゾーンとワーグナーの曲でしょうか?

この二人の曲は、とてもよく知られていると思います。

私は、クーラのこの曲は、舘野泉さんの演奏で知ったくらいです。

世間では、あまり知られていないのではないでしょうか?


この曲を聴いていると、

華やかな結婚式のイメージでもなく、

盛大にお祝いをしようというものではなく、

静粛な空気の中での結婚式の始まる前の様子や、

これから、お嫁に行くのだという、花嫁さんの

心細さや、緊張感、覚悟を音にしているのかなあという感じがします。

最後に、さあ、いよいよ始まりますよ・・・という感じがします。

聴いていると、

凛とした美しい花嫁さんが目に浮かんでくるよう。

結婚式って、女性の気持ちで言うならば、

やっぱり一生に一度の晴れ舞台だと思います。

結婚後、これ以上に、

華やかに、美しく、主役になれる場はないですよ・・・

でも、緊張しますね。

新たな人生の出発が始まる・・・

とっても希望に満ちているけれどね、始まる前は、緊張してくるのです。

これからの新たな生活に向け、気持ちが引き締まった緊張感。


そんな感じがこの曲には、あるかな・・・?



もしよかったら、聴いてみてください。


↓ ヨウニ・ソメロのピアノ演奏で
Toivo Kuula:Häämarssi op.3/2 Jouni Somero,piano

↓ マルコ・ハカンパーのオルガン演奏で
  オルガンの音で聴くと、結婚式・・・と感じます。
Toivo Kuula - Häämarssi (Wedding March)


↓ 舘野泉さんのCD

フィンランド・ピアノ名曲集



↓ エーロ・ヘイノネンのMP3

Kolme kappaletta (3 Pieces), Op. 3b: II. Haamarssi (Wedding March)



* この曲の楽譜は、 こちら になります。


もしかしたら・・・

親の立場での、緊張感かもしれませんね。

大事に育てた娘を嫁に出すときの?

最後は、さあ、行っておいで・・・という感じになるでしょうか?

こう考えると、

涙を流したいのをこらえて、

笑顔で送り出すお父さんのイメージになりますが・・・

若くして亡くなったクーラの年齢を考えると、

そうではないと思いますけど、

男性も結婚式の前は、緊張するものでしょうか?

その点は、女の私にはわかりませんが、

結婚式の前、

誰もが、そういった緊張感を持つものかもしれませんね。



ドップラー ハンガリー田園幻想曲 作品26

こんにちは。

今日は、秋に聴くといいかもと思って選んでみました。


フランツ・ドップラー の 

   ハンガリー田園幻想曲(Fantaisie Pastorale Hongroise)作品26



フランツ・ドップラーが作曲したフルートと管弦楽のための作品です。

この曲は、以下のように、3つに構成されています。

  I. Molto Andante
  II. Andantino Moderato
  III. Allegro


この第1部の出だしが、

日本の笛の音のように聴こえてくる、不思議な音色。

哀愁を感じる音色です。

ものすごく寂しい感じ。

時代劇の世界に迷い込んだかのような感じになってきます。

一人侍が歩いているようで、

木枯らしでも吹かせたら、さらに、孤独感が高まっていきそう。

なんとなく、秋が深まった時期に聴くと、いいなあ~と思い、

これも昨年選曲していたのですけど、

紹介するタイミングを逃してしまったという曲です。

でも、

第2部、第3部と雰囲気が変わっていきます。

第2部は、とても明るい音になり、

軽やかに踊りたくなってきます。

第3部は、少し憂いが感じられますけど、

テンポよくとても華やかに終わります。

この田園幻想曲は、

フルートの音色の変化・美しい響きを

いろいろと楽しめる曲ではないかなと思います。


↓ パトリック・ガロワのフルートで
Albert Franz Doppler Fantaisie Pastorale Hongroise: Patrick Gallois .

↓ マクサンス・ラリューのフルートで(CMつきです)
.Doppler, Fantaisie pastorale hongroise .

ハンガリー田園幻想曲~フルート音楽の愉しみ






グリーグ 演奏会用序曲「秋に」

こんにちは。

今日は、秋をテーマに選曲してみました。


グリーグ の 演奏会用序曲「秋に」


この曲、聴いてみても、

あまりグリーグらしいと感じないのですけど、

それは、私だけでしょうか・・・?

これは、グリーグの初期の作品です。

オーケストラの音より、ピアノの二重奏曲の音のほうが、

幾分、グリーグらしく聴こえるかな・・・?

調べてみたら、どうもこの曲は、

グリーグが初めて作ったオーケストラ用の作品であったようですね。

彼は、ピアノを使った曲のほうが、得意だったのでしょうか?


この曲を1年も前に選曲していても、

なかなか紹介する気になれなかった曲でもあります。

そのくらい、あまりグリーグの曲を聴いていると感じない曲。

でも、グリーグにもこんな曲があったのね・・・と

グリーグをもっと知りたい方には、いいかもしれません。

そう思って、今回、とりあげてみました。


よかったら、聴いてみてください。

 オーケストラの音と、ピアノの音を聴き比べてみてはいかがでしょう?


↓ ネーメ・ヤルヴィ指揮、イェーテボリ交響楽団の演奏で
Edvard Grieg - In Autumn, Op. 11

↓ こちらは、4手のピアノ演奏で
"In Autumn" Op.11 for piano four hands (Sehwan Park, Haesun Suh)



↓ トーマス・ビーチャム指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団のMP3

Concert Overture 'In Autumn', Op. 11



↓ ケルン・ピアノ・デュオの4手のピアノ演奏のMP3

In Autumn Overture, Op. 11 (version for piano 4 hands): In Autumn Overture, Op. 11 (version for piano 4 hands)






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クラシック音楽 曲種(セレナード)

今回も、曲種ごとに分類しています。

このブログで、

これまでとりあげてきた「セレナード」を集めてみました。


もしよかったら、

≪ ≫ の記事を読んで、曲を聴いてみてください。(^_^)


* セレナード、セレナーデ、セレナータ(小夜曲・さよきょく) *

    serenade[英], sérénade[仏], Serenade[独], serenata[伊]



 
・フランツ・ペーター・シューベルト[墺](Franz Peter Schubert,1797年-1828年)
    ≪ シューベルト セレナード ≫


・ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー[露](Pyotr Ilyich Tchaikovsky、1840年-1893年)
     ≪チャイコフスキー 憂鬱なセレナード 作品26≫
    ≪チャイコフスキー 弦楽セレナード 第一楽章≫


・リッカルド・ドリゴ[伊](Riccardo Drigo,1846年-1930年)
    ≪ドリゴ セレナーデ≫


・クロード・アシル・ドビュッシー[仏](Claude Achille Debussy, 1862年-1918年)
     ≪ドビュッシー 「人形へのセレナーデ」≫


・マヌエル・デ・ファリャ[西](Manuel de Falla, 1876年-1946年)
    ≪フャリャ アンダルシアのセレナータ≫


・ジョニー・ハイケンス[蘭](Jonny Heykens, 1884年-1945年)
    ≪ハイケンス セレナーデ≫





チャイコフスキー スラヴ行進曲

こんにちは。

今日は、聴いていると、心を奮い立たせられる、

そんな風にさせてくれる力を持っている曲を

紹介してみます。


チャイコフスキー の スラヴ行進曲 Op.31


これは、チャイコフスキーの曲の中でも、かなり好きな曲です。

あまり好きだと言える作曲家ではないですけどね・・・


暗い曲ばかり選曲してしまう自分でいる。

そんな私に対し、この曲が流れてきて、

この曲の持つ何かが

私の落ち込んでいる心に訴えてくるのですよ。

そのままいつまでも、

心を内にこもったままの状態ではいけないと、

そんな状態から、外へグイッと引き出し、

力強く励まし、力を与えてくれるような感じになってくるのです。


これが、なんというのか、

苦しみ・悲しみをわかっている人だからこそ、

苦しみ・悲しみの中にいる人を共感させ、

そして、

立ち上がらせようとすることができるのかな?


・・・そんな感じがするのです。


チャイコフスキーという方は、

誰かの気持ちを

そのまま自分のこととして感じることができた人ではないかな?

そんな気がします。

特に、弱者の気持ちが、よく理解できたのではないかな?

そういうタイプは、

相手と同じように、ダメージも大きく受け止めてしまうので、

かなりしんどいと思います。


この曲は、「共感」があってこそ、

人々の心に、力と勇気を与えるような感じになっている、

そう思います。

こんな私にでも、

これからすべきこと、まだ、あるのかもしれない、

何かができるかもしれない、

なんて、感じます。

一緒に、前を向いて、進んでいこう・・・

そんな感じのメッセージがあるのかもしれない。


人を立ち直らせるのは、

その人自身がそういう気持ちにならなければ無理です。

でも、この曲には、

それを可能にさせてくれるようなものがあります。


とはいっても、

これを今、

悩み苦しんでいる日本人に聴かせたらそうなるか?となると、

それは無理だと思います。

なぜなら、スラヴ人でないから。

この曲は、

スラヴ人の心がわかるチャイコフスキーが

スラヴ人のために作曲したものであるから。


日本で震災などで、心のダメージを負っている方には、

同じようにその気持ちがわかる人が作曲した曲であれば、

心を奮い立たせてくれるようになるのかもしれませんね。

そんな気がします。


人の気持ち。

それを救う手助けができるのは、、

その気持ちを同じように体験し、理解できる人である。

そんな気がします・・・



もしよかったら、聴いてみてください。


↓ エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮で(CMつきです)
Tchaikovsky Marche Slave Op.31 Evgeni Svetlanov.flv

↓ レナード・バーンスタインの指揮で
Bernstein- Tchaïkovsky Marche Slave

↓ ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーの指揮で
Tchaikovsky - Marche Slave, Op. 31

↓ ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、
  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で(CMつきです。)
Herbert von karajan Dirigieren Berlin philharmonika . Tchaikovsky marche slave.

↓ ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団演奏で
  * こちらの動画は観られなくなってしまいました。< 2015.7.2 >
チャイコフスキー 《スラヴ行進曲》


↓ エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮のCD

チャイコフスキー:交響曲第5番



↓ レナード・バーンスタインの指揮のCD

チャイコフスキー:1812年



↓ 小林研一郎さんのCD

【オーディオリファレンス非圧縮SACDハイブリッド】EXTON LABORATORY GOLD LINE チャイコフスキー:交響曲第5番、スラヴ行進曲 / 小林研一郎(指揮) / チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 OVXL-00064 オクタヴィア・レコード






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ベートーベン ピアノソナタ第8番 Op.13 「悲愴」 第3楽章

こんばんは。

今日も、

先日から書いているベートーベンのピアノソナタ第8番をとりあげます。


ベートーベン の ピアノソナタ第8番 「悲愴」Op.13 第3楽章


このベートーベンのピアノソナタ「悲愴」の中では、

一番、発表会で弾かれる曲でしょうか?

よく聴きます。

You-Tubeでも、アマチュア演奏家のものが多かったです。

私も、この楽章が、他の楽章よりも弾きやすいと感じています。


でも、この第3楽章。

なぜか、

気持ちを抑えようとしても、だんだんと高ぶっていくような感じになるのです。

ブレーキをかけようとするのですけど、

時々、ふっと息をついて、落ち着くことは落ち着きますし、

ふ~っと大きく息を吸って、安らぐようなときもありますけど、

それでも、

内に秘められた気持ちが、表に出ようとしてくるのです。

だんだんとだんだんと・・・

そして、それは、時折、爆発するような感じになるのです。


この内に秘めた気持ちとは?


第1楽章で、苦悩と絶望による悲しみ・嘆きを全面に出し、

第2楽章で、平静心、落ち着きを取り戻すものの、

だんだんと、怒りが芽生えてくる・・・


根底にあるのは、許せない自分自身に対する怒り。


怒れてくるのですよ、自分の現状に。

くやしくて仕方がない。


どうしてこうなってしまったんだ!という強い思い。


苦しみや悲しみをなんとかしてはねのけ、立ち上がる人間というのは、

この「くやしさ」があると思うのです。

苦悩をはねのける力。

それがあって、立ち直れる。


ベートーベンは、

それを表に出さないよう抑えようとしているものの、

やっぱり、抑えきれないときもあるのかな?

この第3楽章で、そう感じられる部分があります。


今ね、私自身が思うように動かせない体で、

こんな思いを抱えているからでしょう。

だから、こんな解釈になってしまうのだと思うのですけど、

そう聴こえてくるのですよ。

妙にマッチしてしまう・・・


元々、こんな体になる前でも、

この第3楽章は、気がつくと、

前へ前へと先へ急いで進んでしまいそうな勢いがあるのですけど、

2分の2拍子という拍子が、

うまくコントロールさせてくれているような気がします。


ベートーベンは、

怒りを爆発させないよう、気をつけていたのでしょうか・・・?

でも、時折、爆発していたのかな・・・?

だって、

やりきれませんもの、思うようにいかない体って。

これとずっと死ぬまで付き合っていくのに、

いつもいつも平静でいられますか・・・?


この方、気性が激しい方であったと言われているようですけど、

苦悩を抱えている人が、

どこかで、それを表に出すことをしなければ、

今度は、心が滅入ってしまって、生きる力を失ってしまうでしょう。

 ( たぶん、どちらかになるのでしょうね。

   生き抜いていくには、強い精神力が必要かもしれませんね。)


このピアノソナタ第8番。


第1楽章から、第3楽章まで続けて聴くと、

ベートーベンという人物像が浮かんでくるような気がします。

こうして、

耳が聴こえないというハンデを乗り越えていったのだな・・・って、

思えるのです。


これは、私の解釈ですけど、違っていたら、ごめんなさいね。

病気で苦しみ、もがいている一人の人間の解釈だと思ってください。


よかったら、第3楽章を聴いてみてください。お好みで。


↓ エリー・ナイの演奏で (CMつきです。)
Elly Ney - Beethoven Sonate Pathetique 3. movement

↓ アニー・フィッシャーの演奏で(CMつきです。楽譜つき映像)
Beethoven: Sonata "Pathetique" Op. 13 - III. Rondo. Allegro

↓ ルドルフ・ブッフビンダーの演奏で
Sonata Pathetique-movement 3 (Rondo)

↓ スヴャトスラフ・リヒテルの演奏で
Sviatoslav Richter:Beethoven Sonata Pathetique 3rd mov.

↓ パウル・バドゥラ=スコダの演奏で
Paul Badura Skoda - Beethoven Sonata op.13 Pathetique 3rd mov Bosendorfer

↓ アルトゥール・ルービンシュタインの演奏で
Artur Rubinstein - Beethoven Piano Sonata 'Pathetique' (1936) (3rd Mov )

↓ クリスティアン・ツィマーマンの演奏で(CMつきです。)
Krystian Zimerman plays Beethoven Piano Sonata No 8 in C minor Op 13 3rd Mov


↓ 「全楽章」をお聴きになりたい方は、こちらの記事をどうぞ・・・
ベートーベン ピアノソナタ第8番 「悲愴」 Op.13 第1楽章


↓ ヴィルヘルム・ケンプのCD

Beethoven: The 32 Piano Sonatas



↓ ヴィルヘルム・バックハウスのMP3

Beethoven: Piano Sonata No.8 in C minor, Op.13 -"Path・・tique" - 3. Rondo (Allegro)



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・ ベートーベン ピアノ ソナタ第8番 Op.13 「悲愴」 第1楽章
・ ベートーベン ピアノ ソナタ第8番 Op.13 「悲愴」 第2楽章



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ピアノ曲の難易度を知るには?

こんにちは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。(*^_^*)


いろいろな曲で

「難易度」を知りたいと思われる方が、いらっしゃるようですね。

以前このブログでも、モーツァルトのピアノソナタの難易度は?

というようなキーワード検索で、

来られる方がいらっしゃると書いたと記憶しています。

他の曲でも、よく来られます。


今日は、この難易度について、少し思ったことを書いてみますね。


難易度について、調べられるということは、

自分が弾けるかどうか・・・ということを調べに来られたのだと思います。

「弾けるかどうか」

それは、自分のレベルに合っているかどうか・・・


私の場合、ピアノですけど、

小さいときから、「これ弾きたい!」と思い、

そう思うと、近所の楽器屋さんで、即買いに行き、それを弾く・・・

なんてことをよくやってしましたが、

初見で、弾ける、練習したら弾けると感じるというのは、弾けるレベルですけど、

初見で、時間がかかる、譜読みがしにくいというものは、すぐに弾けません。

初見で、弾けなかったものは、

その後何年かたってから、弾いたという感じになりましたか?


結局、初見で、

自分のレベルであるのか、ないのかが、わかるような気がします。


難易度で、弾ける、弾けないと判断をされるより、

自分がどういったところができているか、できていないかは、

弾いてみると、わかる・・・

というより、

楽譜を見たら、わかる・・・

ような気がします。


でも、

弾けないかもと思っていた部分がある曲でも、

先生に相談すると、

これは、こう練習するといい、とか、こういう指使いをするといいとか、

アドバイスをいただくと、すんなりと弾けるということもあるので、

部分的に弾けないという曲の場合、

先生の指導は、本当にありがたいと感じました。

独学では、いつまでたっても弾けない・・・と感じるときですね。

ピアノは、独学ではしないほうがいいでしょうね。

先生に教えていただくのが、上達への近道だと思います。


ピアノを習っていて、嬉しいと感じるときは、

弾いてみたいと思っていた曲が、弾けると感じたときなのかもしれませんね。

正確に言うと、「弾ける」ではなく、「指が動く」ですけど。

指が動いて、その曲が「弾ける」となるのは、

さらに時間が必要だと思います。


ピアノの先生が、

「これは、弾けない」なんて、

謙遜したようなお言葉を言われることがありますが、

それは、「指が動かない」ではなく、

その曲を表現できないという意味なのでしょう。

実際、そう言いつつ、弾けているではありませんか、先生!

なんてこと、何度もありました。

ピアノを続けていくうちに、

先生の「弾けない」という言葉の意味がよくわかるのですね。

その意味がわかるようになったということは、

私も、音の違いがわかるようにまで成長した、ということでしょうか?


「難易度」を知りたいと思われる方は、

きっとまだそのレベルに達していない方だと思います。

そう考えると、まず、指が楽譜通りに動くかという見方なのですね。


であれば、

まず、楽器屋さんに行き、楽譜を手にとり、

譜読みをしてみるといいのではないでしょうか?

先に書いたように、譜読みで難しいと感じるものは、弾けない可能性が高いです。

基礎ができていないと、譜読みは簡単にできない。

そう思います。


譜読みができないということは、

そのための練習をしていない、または、技術の習得ができていないのだと思います。

「一部分だけ」弾けないと感じる場合は、

先生のご指導で、さらっと動くようになります。

これまで習ってきて、そう感じています。


ということは、

ピアノ曲は、

難易度がミックスされているような曲(という言い方は変ですけど)、

というものは、ないのかもしれませんね・・・


だいたい、このレベルの人が弾けるもの、

・・・なんて感じに作られているのかもしれませんね。

作曲家が、〇〇さんのために作曲したというもの、多いような気がします。

初級者向けとか、子ども向けとか、ありますしね。

ある程度の弾く対象者を想定して、作っているのでしょうね・・・


私が小さいころ、

近所の楽器屋さんで、全音ピアノピースをよく買いました。

子どものおこづかいで、買えるお値段ですもの。

 余談ですけど・・・
 
 一番最初に手に入れた「英雄ポロネーズ」は50円でしたか?

 近所のヴァイオリンなどの楽器を扱っていたお店の閉店前のときの

 楽譜に書いてあったお値段です。安かったのですね・・・

 閉店だからと、タダでいただきました・・・

 ありがとう、お店のおじいさん!(^_^)

 ちなみに私が子どものころは、150円~250円くらいでした。

 今、これを買うと500円くらい???

 ( 随分、お高くなりましたね… 他の本より、値上げ率が高くありません?)

1曲、1曲、試せますし、

裏面に、難易度(A~F・・・昔は、A~Dでした)が書いてあるので、

それを参考に、買っていました。

でも・・・

そのレベルが、弾いてみて(買ってみて)、

違うのではないの?

と感じることは、たま~にありました。

だから、

誰かのいう難易度って、参考になるようで、ならないような気もします・・・


自分が弾けるのが、どうかを知るには、

まずは、楽譜を手に取って見る・・・

私は、それが、一番、いいのではないかと思っています。


参考になれば、嬉しいですけど、ならないかな~?

参考にならなかったら、ごめんなさいね・・・



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ベートーベン ピアノソナタ第8番 Op.13 「悲愴」 第2楽章

こんばんは。

今日は、先日紹介した曲の第2楽章を紹介します。


ベートーベン の ピアノソナタ第8番 Op.13 「悲愴」 第2楽章 


この「悲愴」の第1楽章を書いたときに、

この第2楽章を第1楽章のあとに続けて弾くと、

だんだんと落ち着いてくると書いたと思います。


この曲を弾いていると、

自分で、だんだんと気持ちを落ち着かせ、

元の平静さを取り戻していくような感じがしてきます。

この曲では、穏やかな自分に戻るのです。

36小節目までは、本当に穏やかで、

のったりとした気分で、のびやかに歌っているような感じになります。


私は、絶望的に感じてしまってどうしようもないとき、

わあ~っとなりますが、

抱えていたものを一気に吐き出してしまうことで、

その後、すっきりとする、ということがよくあります。

この第2楽章は、

それになんとな~く似ているような気がします。


でも、それは、

本当に、完全に落ち着いているのかな?と考えると、

違うのかもしれません。

37小節目からの3連符の

トントントン、トントントン、トントントン、トントントン・・・

最後の51小節目から65小節目まで、

  トントン、  トントン、  トントン、  トントン・・・

66小節目から69小節目までの、

トントントン、トントントン、トントントン、トントントン・・・


という感じの音が、

自分の心臓の動きを落ち着かせようと

あえてしているような感じがしてきます。

それが、

この第2楽章の間は、効果があり、

ずっと落ち着いている状態でいられるのかな?

中間部で、少し、心が動いてしまいそうなのですけど、

このトントントン・・・で、なんとか、心の平静を保っていますか?

70小節目から72小節目までは、

何かがその平静さを壊しそうな予感・・・

そんなものを感じさせてくれます。

弾いていても、この70小節目で、なんとなく緊張してくるのです。

ここで、ちょっと大きく息を吸わなくては?

・・・みたいな感じ。

でも、最後の小節で、なんとか平静さを保ってますね。


そうなると、

次の第3楽章では・・・?

それは、またいつか・・・



もしよかったら、聴いてみてください。お好みでどうぞ。



↓ ヴィルヘルム・バックハウスの演奏で
ベートーベン悲愴 第2楽章 バックハウス

↓ ヴィルヘルム・ケンプの演奏で(CMつきです)
Beethoven Sonata No. 8 'Pathetique' Mov. 2 - Wilhelm Kempff

↓ アルトゥール・シュナーベルの演奏で
Beethoven Pathetique Sonata 2nd Movement Schnabel Rec. 1934

↓ エリー・ナイの演奏で
Elly Ney - Beethoven Sonate Pathetique 2. movement

↓ エミール・ギレリスの演奏で
Emil Gilels "Piano Sonata no. 8" Beethoven (2. Mov.)

↓ ウラディーミル・アシュケナージの演奏で 
Beethoven - Piano Sonata No. 8, Op. 13 "Pathétique" II. Adagio cantabile (Ashkenazy)

↓ アルトゥール・ルービンシュタインの演奏で
Arthur Rubinstein - Beethoven Piano Sonata No. 8, Op. 13 "Pathétique", II

↓ ウラディミール・ホロヴィッツの演奏で
V. Horowitz - Beethoven: Sonata No.8, Op.13 'Pathetique' - Adagio cantabile

↓ ルドルフ・ブッフビンダーの演奏で
Sonata Pathetique-movement 2 (Adagio cantabile)

↓ グレン・グールドの演奏で(CMつきです)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番 作品13「悲愴」~第2楽章 Glenn Gould

↓ スヴャトスラフ・リヒテルの演奏で
Sviatoslav Richter:Beethoven Sonata Pathetique 2nd mov.

↓ ダニエル・バレンボイムの演奏で
Barenboim on Beethoven "Pathetique" 2nd movement


↓ アルトゥール・ルービンシュタインのCD

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」&第14番「月光」&第23番「熱情」&第26番「告別」



↓ エミール・ギレリスのCD

ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番&第14番&第23番



↓ ヴィルヘルム・バックハウスのCD

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ全集



さらに読まれる方は、< 続きを読む > へ どうぞ。



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グリーグ  抒情小曲集 第6集 より 「幻影(Illusion )」 Op. 57 No.3

こんばんは。

今日は、

なんとなく、最近の気分に合っているような気がしたので、

曲を紹介しますね。


エドヴァルド・グリーグ の 

    抒情小曲集 第6集(Lyriske smastykker No.6) より 

         第3曲目 Illusion Op. 57 - 3



この曲は、「幻影」という題です。


何(だれ)を追い求めているのでしょうね。

最初の音が、何かを言っているかのよう・・・

誰かの遠くにぼんやりと見える姿を

手をのばして、待ってくれ・・・と言っているかのよう・・・

でも、それは、儚い夢のように消えて行ってしまったのか?


つかもうとしても、手は届かない。

どんなに望んでも、それは、叶わない。

それは、わかっている・・・

でも、でも、

それでも・・・

と言っているような感じがしてきます。

叶わない願い。

それがわかっていても、叶うことを望む・・・


そういう状態にある人というのは、

とても心が弱ってしまっている人。

どうしようもないくらい、弱ってしまっているからこそ、

その叶わぬ夢を抱いて、こうであってほしいと望む。


こうなってしまうと、どうしていいか・・・

周りの人は、困りますね。

でも、どうしようもないかもしれない・・・

人って、本当に心弱い生き物だって、思います。

ちょっとしたことが起こると、すぐにこうなってしまいます。

それは、その人の心が弱いのではない。

人って、もともと、そういう生き物なんだって、思います。


そんな人の心の弱さが、感じられるこの曲。

嘆き。 そんな気持ちが強く感じられます。


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ ホーカン・アウストボの演奏。楽譜つき映像(CMつき)
Grieg Lyric Pieces Book VI, Op.57 - 3. Illusion

↓ アイナル・ステーン=ノックレベルグの演奏
Edvard Grieg - Lyric Pieces, Book 6, Op. 57 - III. Illusjon (Illusion)


↓ エヴァ・ポブウォツカの叙情小曲集の全曲のCD

グリーグ没後100年特別企画 抒情小曲集[全曲]



↓ エヴァ・クナルダールのMP3

Lyric Pieces, Book 6, Op. 57: III. Illusjon (Illusion)



↓ レイフ・オヴェ・アンスネスのMP3

Lyric Pieces, Op.57 (Book 6): No.3 Illusion



* この曲の楽譜は、 こちら になります。



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