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フォーレ 組曲 『ドリー』 より 第1曲 子守歌 

こんにちは。

今日は、終わった~とホッとした気持ちになった途端、

なぜか、頭の中で流れてきたメロディーがあったので、

その曲を紹介してみますね。


フォーレ の 組曲 『 ドリー 』より 子守歌 Op.56-1


以前、フォーレの子守歌を紹介していますが、

こちらは、

子どもの世界を描いた、

ピアノ連弾(4手ピアノ)のための曲集の中の一曲です。


組曲『ドリー』(Dolly)Op.56 は、このように構成されています。 
 
 1 子守歌       Berceuse 
 2 ミーアーウー    Mi-a-ou
 3 ドリーの庭     La jardin de Dolly
 4 キティ・ワルツ   Kitty-valse
 5 かわいらしさ    Tendresse
 6 スペイン風の踊り Le pas espagnol


この曲は、

NHKラジオのある番組のオープニングかエンディングかに使われていたと

記憶しています。

どの番組であったのか、まったくわからないのですけど、

何かの番組で使われていたはず・・・

朝だったか、夜だったか・・・? 最近なのか、遠い昔なのか・・・?

ああ、そんなことは、どうでもいいのですけど、気になりますね。


この曲を聴いていると、ホッとするのです。

私の感覚では、ああ、終わった~という感じ。

全身の力が、自然にス~ッと抜けていきます。

これから休みましょう~、という気持ちになってきます。

疲れがたまってきたと思った時、なかなか眠れない時、

聴いてみるといいかもしれません。


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ ジャック・ティボーのヴァイオリン演奏と
  アルフレッド・コルトーのピアノ演奏で
   (画像が悪いので、ご注意ください。)
Thibaud-Cortot play Berceuse from Dolly

↓ サー・トーマス・ビーチャム指揮、フランス国立管弦楽団の演奏で
Fauré Dolly Suite 1. Berceuse Orchestre national de l'ORTF

↓ アルフレッド・コルトーのピアノソロ演奏で(コルトー編曲)
Alfred Cortot plays Fauré's Berceuse from 'Dolly'

↓ アルトゥール・ユッセン&ルーカス・ユッセンの連弾で
  (最初から2分23秒ごろまで。CMつきです。)
Dolly Suite - Gabriel Fauré (Arthur en Lucas Jussen)


↓ ジュヌヴィエーヴ・ジョワと
   ジャクリーヌ・ロバン=ボノーによるピアノ・デュオのCD

ドリー~フランス近代ピアノ・デュオ作品集1



↓ サー・トーマス・ビーチャム指揮、
   フランス国立管弦楽団のMP3

Dolly Suite Op. 56 (orch. Rabaud) (2007 - Remaster): 1. Berceuse







関連記事

「オーゼの死」から、グリーグについて思ったこと

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


今日は、昨日書いた

『ペールギュント』の

「 オーゼの死 」 の記事から、思ったことを書いてみます。


この曲を聴いて、

グリーグは、「死」を受け入れることができた人だと書きました。

書いた後、ものすごく気になってきたので、

今日、彼の生い立ちを調べてみました。

どうも、グリーグは、

『ペールギュント』を作曲する5年ほど前に、

生まれてまだ1年ほどしかたっていない娘を亡くしていたようですね。


この「オーゼの死」。

とても「死」を感じている人の音だと思っていましたけど、

本当にそうだったのだということを知り、驚いています。

勘って、やっぱり当たるものですね。

毎回、書いたあとで、驚いてますよ。


この曲を作曲するにあたり、

娘の死を意識せずにいられなかったと思うのですけど、

その死を受け入れることができた時期であったのかもしれませんね。

それで、あの音となったのかもしれません。


身近な人、とても大切な人を亡くすということ。

これは、なかなかすんなりと受け入れられるものではありません。

たとえ、死ぬ前から、覚悟しておきなさいと言われていたとしても、

その日が来てしまうと、ショックです。

しばらく泣いてばかりの日が続きます。

でも、

それを忘れようと、忙しくあれこれとしてしまったりする人もいます。

何かをしていることで、忘れようとする。

「 忙 」 

心をなくすほど、忙しくしてね・・・

そんな毎日を送ることで、乗り越えようとする。

私は、そんな風になりました。

何事もなかったように毎日を過ごす。

そうしているうちに、いつのまにか、時間がどんどんと過ぎていき、

「死」が過去のものとなっていく。


グリーグは、そんな感じであったのかもしれません。

だから、この「オーゼの死」は、

すんなりと受け入れられた人の音という感じがするのかなと考えました。

実際は、どうであったのかはわかりませんが、

忙しいことで、悲しみを感じる時間を減らせたことで、

乗り越えられた・・・

だから、「死」をとりあげた曲であるにもかかわらず、重々しくない。

いつまでも、引きずった感じがないのです。

我が子を亡くした場合、

なかなかそう簡単には「死」を受け入れられないと思います。

何もやる気がなくなってしまい、

生きる気力すらなくなってしまう人のほうが多い。

だから、

グリーグは、そんな感じであったのではないか?と思いました。


詳しく調べていないので、私の推測です。

私はいつも、音から感じることをそのまま書いています。

あえて、調べないで、音だけを頼りに書いています。

間違っているかもしれませんが、

こういうブログだと思ってくだされば、ありがたいです。



関連記事

グリーグ 『ペールギュント』 第1組曲 Op. 46 より 「オーゼの死」

こんにちは。

気温の差を感じるようになってきました。

まだ昼間の日差しがまぶしく感じるのに、

日が落ちるころには、体が、一気にスーッと冷えてきます。

今日は、聴くと、

体が感じる温度が変わったように感じる曲を紹介します。


グリーグ の
 
  『ペールギュント』 第1組曲Op.46 より 第2曲「オーゼの死」



小学校の音楽の授業。

この組曲の音楽鑑賞をしました。


「朝」から始まり、2番目にこの曲が流れてきたときには、驚き!

小学生の私にとって、かなりインパクトのある曲でした。

いきなり、「死」?と思いました。

どれも、いいと感じる曲ばかりでしたけど、

これが、「死」をテーマにした曲だからなのか、

この組曲の中で、一番印象に残りました。

その場の空気をひんやりとさせてくれましたから・・・


たぶん、そのころ、

お葬式・法事がたて続けにあったからなのだと思います。

「死」を身近に、感じていたからこそ、

この曲から受けるものが、強く感じられたのだと思います。


悲しみ。

身近で親しかった人ほど、その悲しみは強い。深い。

それが、この曲からは感じられる。

人に対し、とても深い愛情を持っていた作曲家なのでしょうね。

この曲を聴いていると、

「死」を現実のものとして受け入れることができた人の音に思えます。

受け入れられるからこそ、先へ進む・・・

まあ、お話ですし、

先へ進ませなくては、終わってしまいますものね。

なかなか「死」を受け入れらないまま生きている人が多い世の中。

このお話のペールギュントという男のように生きられたら、

幸せでしょうか・・・?


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ ロストロポーヴィチ指揮、ワシントン・ナショナル交響楽団の演奏で
  (0分30秒ごろから。前後拍手が入ります。)
Mstislav Rostropovich ~ "Death of Aase" ~ "Peer Gynt"

↓ オルガン演奏で
David Magda (organ) - Grieg: Peer Gynt Suite Aase's Death

↓ サー・トーマス・ビーチャム指揮、
  ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で
  (14分45秒ごろから20分45秒ごろまで)
Edvard Hagerup Grieg: Peer Gynt - London, 1957 (Hollweg; dir. Sir Thomas Beecham)

↓ バレエの映像で (44分44秒ごろから50分ごろまで)
Grieg: Peer Gynt (Marijn Rademaker, Philipp Schepmann; Zurich Ballet

↓ この曲のCD

グリーグ:作品集



↓ この曲のMP3

「ペール・ギュント第1組曲」/2.オーゼの死



~ 関連記事 ~

・ 「オーゼの死」から、グリーグについて思ったこと



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シャミナード 6つの演奏会用練習曲より 秋

こんにちは。

かなり涼しく感じるようになってきましたね。

お彼岸も過ぎ、

子どもが学校から帰るころには、もうあたりは真っ暗。

日が落ちるのが急に早くなったように感じるのは、

私だけでしょうか・・・?

今日は、「秋」をテーマにした曲を紹介します。


セシル・シャミナード の 6つの演奏会用練習曲 Op. 35 第2番 「秋」


今の気候を考えると、

この曲を紹介するにはちょっと早いかもしれません。


6つの演奏会用練習曲(6 Etudes de concer)は、

 1 スケルツォ    Scherzo
 2 秋         Automne
 3 糸を紡ぐ女    Fileuse
 4 アパッショナート Appassionato
 5 即興曲      Impromptu
 6 タランテッラ   Tarantella

このように構成されています。「秋」は2番目になります。


秋というイメージ。

私の場合、一番好きな季節で、

いろいろなことにチャレンジしてみよう、

あれこれと忙しく動き回りたくなったりと、

ポジティブな気持ちになりますが、

どうも、寂しい、切ない、憂い、侘しい・・・など、

ネガティブな気持ちになる方も結構いらっしゃるようですね。

この曲を聴くと、

この作曲家は、後者のタイプの方であったのではないかな?と

思います。


この曲、

穏やかな始まりであるものの、

途中、一体何が起こったのかというような激しさ・・・

風がひどく吹き荒れるかのように、

心の不安が強くなり、こんな風に激しくなってしまったのでしょうか?

その後、

何事もなかったかのように、穏やかになります。

すっきりとし、

いつもの落ち着き、やさしさが戻ったのでしょうか?


時々、私は、こんな風に感情が大きく揺れます。

それを周りに感じさせることがあるかというと、ないですね。

そんな自分を意識して、この曲を聴いてみると、こんな風に感じます。


この作曲家は、

常に心の内に憂いや不安を秘めていて、

それを普段は、表には出さないように、考えないようにしている。

だからこそ、

それを感じさせてくれる「秋」が好きではないのかもしれない・・・

「嫌!」と大きく叫んでいるような気がするのです。

逃げ出したい・・・

そんな気持ち?

この方の場合、孤独感? 

いつも一人でいるかのような感覚。

それが恐怖になってくる。

わあ~っと泣き叫んだあと、

すっきりとし、冷静になり、またいつもの自分に戻る。

そんな感じに思えてくるのですよ。

こんな風に聴くのは、

やっぱり私だけかもしれませんが・・・ 

みなさんは、どう聴こえるでしょうか?


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ アルベール・フェルベールのピアノで
.Chaminade, 'Automne' played by Albert Ferber .

↓ ヴァレリー・トライオンのピアノで
Valerie Tryon plays Cecile Chaminade's "Automne"

↓ ジェローム・デュクロの演奏で
Cécile Chaminade: Automne op. 35, n°2 (Jérôme Ducros)


↓ シャミナード自身の演奏MP3(11番目になります)

Cecil Chaminade: The Hall Collection, Vol. 1 (1901-1927)





* この曲の楽譜は、こちら になります。


* お詫び *

なぜか、シャミナードの「タランテッラ」という曲で、

検索されていらっしゃる方々がいます。

私も、何度もYou-Tubeで探してみましたが、

残念ながら、You-Tubeの動画には、

ピアニストの演奏が一つもありませんでした。

( 「舟歌」で検索される方もいらっしゃいますが、
  こちらも、ピアニストの演奏は、ありませんでした。)

シャミナードの曲の演奏は、非常に少ないです。

申しわけございませんが、

こちらでは、動画を使っての紹介ブログですので、

今のところ、紹介することができません。

どうかご了承ください。



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雨にぬれても (Raindrops Keep Fallin' On My Head)

こんにちは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


雨。

出掛けてすぐに、雨が降り出してきました。

猫をたくさん飼っているご婦人宅。

今日は、玄関扉が10センチほど開いているなあ・・・

なんて、思っていたら、

そのすぐ隣の駐車場から、猫ちゃんが・・・

おうちに帰ってきたのですね。


雨の降る中、猫を見るのは、はじめて。

野良猫って、雨の日にどこにいるのでしょう?と

いつも不思議に思います。

子どものころ飼っていた猫は、

お出かけをすると、雨がやむまで帰ってきませんでしたけど、

帰ってきたとき、まったく濡れていないので、毎回驚きました。

土砂降りでも。


猫って、雨宿りがお上手・・・?

それとも、

どこかのお宅にお邪魔していたのでしょうか???

ご主人は、誰でもいい?

なんて、ところ、ありましたから。

そう、よその家でも、おいしいごはんがもらえるのであれば、

野良猫の顔をして、もらう・・・

そんなことをしていました。

世渡り上手・・・なのかもしれません。

おトイレも、よその畑で、やっていたということもありました・・・

ふかふかの土が、気に入っていたようで。

そんな我が道をいく猫は、

当然、「外出禁止」とせざるえなくなるわけです・・・

その猫は、

姉のお葬式の直前に、家から逃げて、どこかへ行ってしまいました。

猫好きの姉のお供をしに、行ってしまったのでしょうか?


さて、

こういう雨の日。


いつからか、嫌いになってしまいましたけど、

小学生のころまでは、好きだったみたいです。

母が買ってくれた、おしゃれなレインブーツとレインコート。

雨が楽しくなるように・・・って。


お下がりばかりの末っ子にとって、

新しいもの、しかも、おしゃれなものとなると、とても嬉しい。

だから、どんなに雨が激しく降ろうとも、平気でしたよ。

みんなと比べ、あまり濡れなかったというのも、自慢でした。


そんな子どものころ。

雨といえば、この曲が私のテーマソング・・・でした。


「 Raindrops Keep Fallin' On My Head 」


傘をさして、スキップしてみたくなるような曲。

傘をクルクルまわしてね。

そんな感じの子どもでしたか?

まあ、歌詞なんて、子どものころは、知りませんでしたし、

なんとなく、

いいことが待っていそうな感じが、この曲から感じられて、

大好きでした。


これ、デパートでは、

この曲が流れると、雨が降ってきたとわかります。

今は、どうかは知りませんが。
   
昔、名古屋のデパートMでは、使っていました。
   
 ( えっ? どこのデパートもMですって?
   昔、名古屋では、オリエンタル中村がなくなって、三越になってから、
   4つのデパートの頭文字Mをとって、4Mと言われていました。
   今は、高島屋の1Tがプラスされ「4M1T」でしょうか? )


当時、お客様に商品を渡すとき、

紙袋から、ビニール袋にかえましょう・・・

なんて、やってました。

( 今は、紙袋なんて、あまり使われないかな? 
  昔は、ビニール袋を使うことは、少なかったですね・・・)


この曲は、

今は、あまり聴くことがないような気がします。

私の年代、それよりお若い方で、

知っている人、いるのかな・・・?

映画『 明日に向って撃て! 』を知っている方くらいかな?

この曲、

私が4~5歳ごろまでは、よく聴いたのですけど、

それ以降、聴いた記憶がほとんどないのですよ。

いい曲なんですけどね・・・


このどんよりとした天気。

いろんなことがあると、こんな天気のとき暗くなりがちです。

いつまでも憂鬱な気分に負けない。

そんな風にね、なれるといいですね。


It won't be long 'till happiness steps up to greet me.


いつか、こうなるかも?

前向きに生きよう。

この曲は、そんなものを持っているような気がします。



↓ もしよかったら、聴いてみてください。(CMつきです。)

BJ Thomas - Raindrops Keep Falling On My Head



< 後記 その2 2014.4.22 >


曲の入れ替えをしました。

以前紹介していた、

日本語訳つきのものではなくなってしまいました。

そして、

映画の映像つきのものも、なくなってしまいました。

著作権の関係で削除されたのでしょう。

動画が見られなくなってしまい、

また、それにすぐに気づけなかったこと、

心から、お詫び申し上げます。


このブログは、クラシックがほとんどで、

最近(この曲は、最近とはいえないか?)のものは

ほとんど紹介していないので、

ポピュラー音楽は、

検索されないかと思っていましたが、

嬉しいですね~、

検索されるようになったのですね。


著作権。

これで、削除されているYou-Tube 動画はどんどん増えています。

気をつけないといけませんね・・・



関連記事

レクオーナ スペイン組曲「アンダルシア」より マラゲーニャ

こんばんは。

今日は、情熱を感じる曲を紹介します。


エルネスト・レクオーナ の 

     スペイン組曲「アンダルシア」第6曲目 マラゲーニャ



スペイン組曲「アンダルシア」は、以下の構成になっています。

 1 アンダルーサ  Andaluza
 2 コルドバ      Cordoba
 3 アランブラ     Alhambra
 4 グアダルキビル川 Guadalquivir
 5 ジプシーの歌    Gitanerias
 6 マラゲーニャ    Malaguena


このマラゲーニャは、

フィギュアスケートでも、いろいろな選手が使用しているので、

みなさんも、きっとこの曲をご存じでしょう。


私の場合、

『青春白書』

が、知るきっかけでした。

これ、ご存じの方、少ないと思いますけど、

30年ほど昔の、スケートマンガです。

( このマラゲーニャで滑る・・・というお話で、

  しかも、四回転を跳ぶ・・・

  なんて、すごいお話でしたが。)

それに出てくる、マラゲーニャという曲。

そんないい曲だっけ?と思いつつ、

アルベニスのマラゲーニャの楽譜を持っていたので、

家で、ピアノを弾いてみるのですけど、ピンときませんでした。

当初は、アルベニスの曲しか知らず、

これは、スケートの曲には、合わない・・・と思っていました。


アルベニスのではなく、

どうも、こちらの曲であると気づいたのは、

ある選手がこの曲で滑っているのをテレビで観てから・・・

( どの選手か、わかります?)

長年の謎?が解けた気分で、ちょっと嬉しかったです。

( 氷上で、この音楽の世界がマッチするなんてね。

  熱さを感じる曲なのにね・・・ 不思議です。)


この曲の原曲は、ピアノですけど、

オーケストラやギターでの演奏のほうが、知られているでしょうか?

スペイン語の歌もありますね。

情熱的な愛・・・?

どうもそんな感じの歌詞のようです。


昨日、なんとな~く、

こういう情熱的な音楽を聴いてみたくなって、聴いていました。

気持ちが沈んでしまったままでは、どうしようもないと思って。

何かをしようにも、

熱い気持ちがないと、なかなか動こうという気持ちになれません。


この曲は、もともとやる気を持っているものの、

なんとなくやる気が失せてしまって動けない人。

そういう人が聴くといいかも・・・


徐々に盛り上がっていく曲ですからね。

沈んだ気持ちを徐々に高めていくには、とてもいいかもしれないです。


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ レクオーナのピアノ演奏で
  (始めから、3分12秒まで。CMつき。)
Ernesto Lecuona plays Lecuona - Malaguena & Andalucia

↓ プラシド・ドミンゴの歌声で(雑音などあり)
PLACIDO DOMINGO ''MALAGUENA'' BY ERNESTO LECUONA.wmv

↓ サビカスのギター(CMつきです)
Sabicas (( Malaguena))

↓ ポール・モーリア・グランド・オーケストラで(CMつきです)
Paul Mauriat - Malaguena マラゲーニャ


↓ この曲の原曲(ピアノ)のMP3

Malaguena


↓ スタンリー・ブラック・アンド・ヒズ・オーケストラのMP3

Malaguena



* この曲の楽譜は、 こちら になります。




ラフマニノフ ヴォカリーズ(ピアノ編曲) 

こんにちは。

みなさんは、この3連休をいかがお過ごしでしょうか?


私は、かなり疲れています。

今は、あまり曲を聴きたいという気分になれない状態です。

申し訳ないです・・・


聴こえてくる音が、ただ流れているだけ。

聴こえるけれど、聴こえなくなっている?

ここ最近、そんな感じになってきてます。

それでも、

何かを感じさせようとしてくる音もあるのだなあと思えてきた曲。

今日は、それを取り上げてみますね。


ラフマニノフ の ヴォカリーズ Op.34-14 


これは、以前紹介した曲です。

( 前回は、女性の歌声で紹介しました。)

泣きたい気分になったときに聴くと、泣けてきますか?


時々、どうしてこうなってしまったのかと、思います。

どうしようもないのですけどね。

心の中で、どこというあてもなく、ふらふらと歩き回るような感じかな?

決して、苦しみから逃れられることはなく、

その苦しみの中で、だんだんあきらめたような心境になってきて、

孤独を感じ、寂しくなり、泣きたくなってきます。

明るいきざしが見えてきた・・・と思うものの、

やっぱりダメだったか・・・となることの繰りかえし。

いい状態は、続かない。

これが続くと、だんだんと心が滅入ってきますね。

そうなると、

何にも聴こえるものを感じなくなってくるのですけど、

この曲は、そんな状態でも、音が聴こえてきます。

「何か」を感じさせようとしてきます。

でも、「何か」はわかりません。

ただ、泣きたくなってくる、ただそれだけなのです。

何かをしようという気持ちになるわけでもなく、

ただ聴いている。

この曲は、

無気力になってしまった人に、

ただ「聴く」ということだけでも、

何かをしたという点で、何らかの効果はあるかもしれませんね。


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ アール・ワイルド編曲をワイルドのピアノ演奏で
   私は、ピアノ編曲版の中で、これが一番好きです。
Earl Wild plays Rachmaninoff Vocalise Op. 34 No. 14 (arr. Wild)

↓ ゾルタン・コチシュ編曲をアシュケナージのピアノ演奏で
Vladimir Ashkenazy plays Rachmaninoff Vocalise Op.34 No.14

↓ アラン・リチャードソン編曲をキーシンのピアノ演奏で
Kissin plays Rachmaninov: "Vocalise" op. 34 n°14


↓ アール・ワイルドのMP3

Vocalise Op. 34, No. 14: Vocalise Op. 34, No. 14



↓ ゾルタン・コチシュのMP3

Sergey Vasil'yevich Rachmaninov: Vocalise, Op.34, No.14



* ゾルタン・コチシュの編曲版と
   アラン・リチャードソンの編曲版
   アール・ワイルド編曲版の楽譜は、
    こちら になります。
   
* アール・ワイルド編曲の楽譜は、
   ネットでは売られていないのか、ない、
   ・・・と思っていたのですけど、
   MICHAEL ROLLAND DAVIS PRODUCTIONS(ミッシェル・ローランド社)のものが、
   ありましたので、 ↑ 追加しました。


~ 関連記事 ~

・ ラフマニノフ ヴォカリーズ
・ ラフマニノフ ヴォカリーズ その2



関連記事

ツィブルカ Stephanie Gavotte Op. 312

こんばんは。

どこかで聴いたことがあるような・・・?と

懐かしい感じがしてきた曲を紹介します。


アルフォンス・ツィブルカ(チブルカ)の Stephanie Gavotte Op. 312


正直、この曲のことはまったく知りません。

詳しくは、こちらで。⇒ この曲のことについて書かれたブログ です。


日本には、オルゴールの博物館があちこちにあるんだ~と

知ったのは、子どもが生まれてから。

子どもたちが小さかった頃、あちこちと連れてきました。

残念ながら、

私が珍しがっているほど、子どもは興味を示しませんでしたけど。

(アンティークには、興味なし?)


子どものころ、オルゴールがいくつか家にありましたけど、

あれらがかなり高価なものだったと気づいたのは、大人になってから・・・

きっと、亡き祖父が姉たちにプレゼントしたものだったと思います。

高そうなものは、姉がうるさく言って、

私に触らせないようにしていたような記憶があります。壊される!と。

触れたのは、安価なものだったのかな?

あれらの中にこの曲があったのかは、知りませんが、

きっと、

この曲のゆったりとした音色が、懐かしさを感じさせるのでしょうね・・・

たまには、こんな曲を聴いてみるのもいかがでしょう?


もしよかったら、聴いてみてください。

↓ オルゴールの音色で
Stephanie Gavotte/A. Czibulka

↓ バルナバス・フォン・ゲッツイ楽団の演奏で
Barnabas von Géczy - Stephanie Gavotte


↓ オルゴールのMP3(14と15曲目になります。)

Antique Music Box Collection, Volume 9






ハイドン ピアノ協奏曲(チェンバロ協奏曲)Hob.XVIII-11 ニ長調

こんにちは。

今日も、曲紹介をしないつもりでした。

というのも、

昨日、ぽっかりと心に穴が開いたかのような感じで、

何を見ても感じない、何を見ても力が湧いてこない状態に

なってしまっていたからです。


書いていた記事が、消えてなくなってしまった!


ただ、これだけの出来事が、

ブログの記事を書く気をなくしてしまうほどのことであったのかは、

わかりませんが、

その後は、特に何かをしようという気がせず、のんびりとしていました。
 
しばらく休もう・・・と思っていましたけど、

ある曲を聴いていたら、次第に、元気が戻ってきたのです。

今日は、それを紹介してみますね。


ハイドン の 

     ピアノ協奏曲(チェンバロ協奏曲)Hob.XVIII-11 ニ長調



以前、ブロともさんが、 ブログで音占いを紹介していらっしゃいましたが、

 ( まだご存じない方は、こちらへどうぞ・・・ ⇒ 音占い )

その占いで、私はニ長調が合っているとわかりました。

これまで、何曲かニ長調の曲を紹介してきましたけど、

紹介してきたときに、こう感じていました。


どうしても何かをしないといけないときなのに、

思いが踏みとどまってしまって困った時に、

この占いで合っているとされた調は、

私の助けとなる力があるような効果があるのではないか?と。


占いのように、

そういう自分に合う「調」というものが、人それぞれあって、

人は、その合う「調」によって、元気づけられるのかもしれないと。

まあ、これは、私個人の感想です・・・


この曲は、とても明るく、前向きに感じられるのかもしれませんね。

モーツァルトの曲にどことなく似ていると感じられるのは、

私だけでしょうか?

でも、

モーツァルトと違って、

ハイドンの曲は、その場にいて、ホッと癒されるというより、

グイッと前へ進ませてくれるような力があるように感じます。

励まされるような感じ?

「みんな、頑張ろうよ!」

と言って、周りの人を励まし、勇気づける?

とても真面目な感じもしますが、温和に人とつき合うような?

そんなタイプだったのではないかな・・・?

 ( 違っていたら、ごめんなさい! ) 

これまで、ハイドンの曲を紹介していませんが、

改めて聴いてみると、結構BGMにいいかも・・・と思いました。


もしよかったら、聴いてみてください。(全楽章で)


↓ スヴャトスラフ・リヒテルのピアノで
Sviatoslav Richter - Haydn - Piano Concerto No 11 in D major, Hob XVIII-11


↓ アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリのMP3(7曲目。)

Haydn, Rachmaninov, Ravel: Piano Concertos



↓ マルタ・アルゲリッチ のCD、MP3

Piano Concerto 1 / Piano Concerto 11



↓ ジャン=マルク・ルイサダのCD

ハイドン:ピアノ協奏曲、アンダンテ&変奏曲






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スヴェトラーノフ 祝典詩曲 ( Festive Poem ) 作品9

こんにちは。

今日は、曲紹介をお休みするつもりでしたけど、

ある曲を聴いていたら、

いつものように、書きだしてしまいましたよ・・・


エフゲニー・フョードロヴィチ・スヴェトラーノフ の 祝典詩曲 作品9


ロシアの指揮者として有名であったスヴェトラーノフの曲。

これも、曲を選んで、1年以上放置していた曲です。

この曲をどうやって書いたらいいのかな?と考えると、

非常に悩ましくて書けませんでした。

でも、いいんですよ~。


この曲は、最初からドキッとさせられ、惹きつけられます。

何かが始まるような予感・・・

壮大で、すごい響きの中へ入り込んでしまったら、もう抜け出せない。

聴き終わっても、しばらく現実の世界へ戻るのに時間がかかるような?


演奏がいいのか? この曲がいいのか?


正直、オーケストラの音のよしあし、演奏のよしあしは、

私はよくわかりません。

他の方々は、たくさん聴き比べをされているので、

何がいい、というものを持っていらっしゃいますけど、

私は、その時その時の聴こえた音でしか、判断できません。


しかも、ピアノの場合で言えば、

楽譜を見ると、この演奏でいいのか?というものが、

妙に惹きつけられ、いい演奏に聴こえてくることがよくありますから。

( そういう演奏は、人気がありますね・・・)

作曲家(楽譜)の意図する演奏なのか、どうかは、

オーケストラでは、ピアノ以上にわかりにくいです。


だから、

何を基準にして「いい」とするのかは、いつも聴いたときの感想。 

直感で選んで、書いてます。


このスヴェトラーノフの曲は、退屈する時間がない。

オーケストラって、中にはそういう部分がある曲もありますから。

( ただ長く感じる曲? 曲というよりは、演奏の方かな?) 


たぶん、今日紹介する曲は、

いい指揮であり、いい演奏であり、いい曲・・・

なのかもしれません。

もちろん、これは私の感想なので、みなさんはどう感じるでしょうか?

( 違うかもしれませんが・・・ )


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ スヴェトラーノフ指揮
スヴェトラーノフ祝典詩曲作品9


↓ この曲のMP3

Festive Poem Op. 9



↓ スヴェトラーノフ指揮のCD
   CDの詳しい内容は、<続きを読む>で・・・

スヴェトラーノフ・エディション(10枚組)






続きを読む

小学校の先生の言葉遣い

こんにちは。

今日もご訪問してくださり、ありがとうございます。(^_^)


今日は、いいお天気~。

朝早くから、あちこちと動きまわって、家事をすませ、

ああ、なんて順調な日なんでしょう~。

夜は、ほとんど寝ていない割に、元気です。


今日は、ベランダに葉や土などのごみが多く、掃き掃除を。

そんな中、


隣の小学校から聞こえてくる罵声・・・


女の若い先生の声です。

何をカッカとして怒っているのでしょう?

とにかく、言葉がひどい・・・

 ( 書くに堪えがたいひどい言葉なので、それは書きませんが。)

そんな言葉を毎日聞かされる子どもたちがかわいそうです。


うちの子の担任にも、そんな方がいらっしゃいました。

しかも、上の子も下の子もお世話になることに。

先生になって数年のお若い女性の先生でしたけど、

面談では、

母親はお友達?という感覚でお話をされ、困ってしまいました。

あまりにもがさつな言葉で、

上の子は、言葉遣いが悪くなりました。

他のお子さんもそうなったとお母様方の間では、ひどく不評でした。

クラス全体の子どもの言葉がそうなってしまったのです。

一方で、一部の元気すぎるお子さんには、人気で、

そのお母様方は、担任に叱られなくなったと喜んでおりました。


下の子は、いたって冷静で、

ああはなりたくない・・・と、

担任を反面教師としてとらえておりました。

同じ女として、あれは、ひどすぎる・・・だそうで。


学校の先生というのは、

ある意味、人間性がはっきりと出ている大人の方々で、

( そのままでは、普通の会社で絶対に働けない・・・と思います)

人間というのは、こういうものだということを学ぶ点では、

いいのでしょうか?


でも、

小学校の先生は、国語で言葉を教える役割もあるわけですし、

聞くに堪えがたい言葉を使うのは、どうなのでしょうねえ?

先生がそれほどまで、

カッカとしなくてはいけないのは、なぜなのでしょうね?


日本語。

これを正しく、できれば、美しく使うようにしてほしい・・・


そう願う私ですけど、

学校の先生すべての方がそうならないのは、不思議です。

校長先生が何年かごとにかわられても、先生方の言葉は変わりません。

日本の公立の学校は、そういうもの?

言葉って、結局、その人を表すものだと思うのですけど。

受験させる親御さんが、こういう点を嫌って、

子を私立へ行かせるという話も聞いたことがあります。

私も、上の子の言葉遣いが急変したときは、受験を考えましたよ。

でも、結局、

人間って、こういうものだということを学ぶほうを選びました。


今の世の中、言葉がひどいのかもしれない・・・


ネットでの言葉を見ていると、そう思います。

あまりにひどい言葉で、読みたくなくなることが多いです。

褒め言葉も、ひどく見えてしまう・・・

人間性、はっきりと出てますよね。


小学校では、まずは、「日本語」。

これを正しく使えるように、

できれば、美しく使えるように、学ばせてほしいかな・・・


小学校の先生方、子どもを叱る前に、

まずは、ご自身の言葉遣いを見直してみてはいかがでしょう


・・・、(~_~;)?


ここまで、書いて、

私の日本語も正しくないかも・・・と心配になってきました。

たまに、気づかないで、

話言葉(地元の言葉)を使うとき、ありますから・・・

( たまに、ブログでも、それで書いてます。)

日本語は、正しく使おうと意識していても、難しいです。

子どものころ、どんな環境で育ったのか、

結構、影響しているかもしれません。

いわゆる標準語。

これを使うこと。

いくつになっても、正しくできているのか、自分ではわかりません。

ただ・・・

ここで書いたような、

言われたら嫌だと感じるようなひどい言葉を使うこと、

略されてわかりにくい言葉を使うこと、

間違っている日本語を使うこと、

上下関係もわからず、普段の言葉を目上の人に使うこと、

・・・挙げたら、いろいろと出てきますけど、

小学校の先生方には、してほしくないと、思います。


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小学校の先生の言葉遣い その2



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ご年配の方々の話を思い出して

こんにちは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます!(*^_^*)


ちょっと、思ったこと書いてみます。


子どものころ、

よくテレビで洪水の映像を見て、よく起こるものなんだなあ~と思いました。

小学校の授業でも、濃尾平野は洪水の被害にあってきた・・・と学びました。

川が氾濫、ありうることだと。

ずっと、そう思ってました。

それがいつのまにか、あまり起こらないような感じにとらえられているのかな?

最近、そんな風に感じているのは、私だけでしょうか?


2000年の東海豪雨のときは、

ちょうど退院した日で、実家にいました。

あきらかにいつもと音が違う・・・と感じた私の勘は、正しく、

東海地方では、大きな被害がありました。

他の人には、違いがわからなかったようで、早く悟った私って、すごい?

なんて、思いましたけど。

普段から、あまり自然を感じていないと、違いがわからないのかな?

人の勘は、鈍くなってきているのかもしれませんね。


今住んでいるところでも、洪水対策はされているから大丈夫・・・なんて、

思っている人が多いように思います。


以前、

私が、今住んでいるところから、徒歩で30分ほど離れた川沿いを

子どもを連れて、よく散歩しました。

そこで出会った3人のご年配の方に、それぞれ、

この地域で起こった過去の洪水の話を聞きました。

どうも過去に、その方々が生きている間だけでも、3回も洪水があったそうで。

 なにげない会話から、いろいろと教えてくださるのですよ。

 ありがたいです・・・


どのあたりが、洪水被害にあったのかと。

過去は、その被害にあった土地は、

農業としても使うには、よくない土地であり、人は住んでいなかったが、

とある会社が、安く土地が手に入ったからと、住宅をたくさん作り、売り、

こんなに住宅が立ち並んでしまった・・・

だけど、

また、洪水被害に遭ったら、どうなるんだろうねえ・・・と。


その近辺の街を、よ~く、観察すると、古い家は、高くして、家を建ててあります。

新しい家は、そうではない。

それでも、買う人がたくさんいらしたわけですからね・・・

その近辺の小学校とかの避難場所が、高めに作られているなあと思ってましたけど、

洪水を想定して作られていたのでしょうね・・・


そんな過去。 過去の話として、とらえ、今は、ない。

そう考えて生きている方が、多い?


もちろん、

最近は、過去をみても、想定外ということが多いです。

その想定外に対処するには、無理がある?

これまで、過去を無視してきたような人間の行いが、

災いを起こすような気がするのは、私だけでしょうか・・・?

なんて、思ってしまいました。


でも、

どう見ても、最近は、想定外?


昔からある場所が、昔から住んでいる場所が、被害に遭うなんて。

人生、何が起こってもおかしくない・・・

そう思って、生きる。

生きるって、苦難の道を歩むことなんだわ。

そう思って、生きる。

そういうもの・・・、なのね・・・


今回、被害に遭われた方々には、心からお見舞い申し上げます。



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モーツァルト ピアノ・ソナタ 第2番 ヘ長調  K. 280 第2楽章

こんにちは。

今日は、モーツァルトのピアノソナタを紹介しますね。


モーツァルト の ピアノ・ソナタ 第2番 ヘ長調 K. 280 第2楽章 アダージョ


聴いている(弾いている)と、

寂しいなあ~、悲しいなあ~と感じる曲。

心が、その寂しさと悲しさを感じ、同じように冷えてくる。

そして、

自分の心の中にあるものが、ああ、わかるよ・・・と。

感情を共有したような感じになってくる。

不思議ですね。

人って、他人の気持ちなんて、わかるはずがないのに、

なぜ、共感を覚えるような感覚になるのでしょうね?

なんとなく・・・

そんな風に、感じるもの。

それが、ある。

そういうものがあると、人は親しみを感じるのでしょうか?

その感覚があるもの、人はなんとなく離れられなくなるかもしれない。

気になってね・・・

この曲は、一度聴くと、心に残るものがあります。

深いものを感じます。

( もちろん、私だけかもしれませんが。)



もしよかったら。聴いてみてください。お好みでどうぞ。


↓ クラウディオ・アラウの演奏で
Mozart by Arrau - Adagio from sonata No 2 in F, K. 280

↓ 内田光子さんの演奏で
Mozart- Piano Sonata in F major, K. 280- 2nd mov. Adagio

↓ グレン・グールドの演奏で
Glenn Gould - Mozart Piano Sonata No2 In F, K 280 - 2. Adagio.wmv

↓ クリストフ・エッシェンバッハの演奏で
Eschenbach - Mozart, Piano Sonata In F Major K.280 - II Adagio


↓ イングリット・ヘブラー

モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集



↓ フリードリヒ・グルダのMP3

Wolfgang Amadeus Mozart: Piano Sonata No.2 in F, K.280 - 2. Adagio



↓ クラウディオ・アラウのMP3

Wolfgang Amadeus Mozart: Piano Sonata No.2 in F, K.280 - 2. Adagio



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モーツァルト ピアノソナタ第10番 第1楽章

モーツァルト ピアノソナタ 第11 番 K.331 第1楽章

モーツァルト ピアノソナタ第4番 K.282 第1楽章

モーツァルト ピアノソナタ第16番(旧・第15番)K.545



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少しだけ、モーツァルトとショパンを弾いた感想

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。(*^_^*)


昨日からパソコンを閉じて、休んでました。

疲れがとれません。(>_<)


心がね、

今の自分を丸ごと受け入れ、それでいいや・・・って、思っていても、

頑張って気持ちを入れなければ、全身から力を出せないような状態。

ひどくはないけれど、よくはない。

ひどければ、休みますけど、まだ元気は少しはある。

だから、動きます。

動くと気持ちが晴れてきますけど、翌朝また、動くのがつらい。

それでも、動かしますけどね・・・


そうしているからか、

ちょっとパソコンに向かう力が、今はあまりなく、

曲もあまり聴きたいとも、曲が頭の中を流れることないのです。


どうするといいのかな?

と思い、ピアノを弾いてみるのですけど、

弾きたいという気持ちで弾くというよりも、

弾けるものを弾いている状態で、音鳴らしをしている感じです。


今、淡々とモーツァルトのソナタを弾いてみてます。

淡々と・・・というのか、頭が真っ白状態というのか?

心が真っ白というのかな? 無心?

それが、不思議と弾きやすくもあり、弾いてます。

これは、何にも考えないで、

ただ音をじっと聴いて、弾く曲なのかな・・・?


上手く言えないけれど、

ああしたいとか、こうなりたいとか、

いろいろな思い(欲)を人は抱えているけれど、

そういったものを取り去って、無になると、弾けるようになる曲?

無の境地?

わからないけれど、

そんな気持ちで弾くものなのかもしれない・・・と、今感じてます。

だから、

今の私は、とても弾きやすいのかもしれないです。


モーツァルトは、疲れにくいかもしれない。 体の負担が少ないかな?

弾いていて思ったのですけど、

モーツァルトは、かなり力のない男性だったかもしれない・・・

病弱で、ひ弱なタイプであった?

ただの弱そうに見える男性ではなく、

本当に、頑張ってみても、力が出せないような男性という感じ。

なんて、そんな感じが、弾いているとしてくるのです。

今の私の力で弾くと、ちょうどいいではないか?と感じるから。

実際は、どうだったのかは、わかりませんが・・・


では、

ショパンは、なぜ、あそこまで、激しい曲を作ったのかな?と、

またも、思えてくるのですけどね。

彼も、病気を抱えていたわけですから。

なぜ、

自分が弾いて、息が苦しくなるような曲をあえて、作ったのでしょうね?


以前書きました、私の息が止まるように感じる曲。

弾こうにも、胸が苦しくて、弾けなくなってしまう曲。

それは、

ショパンの曲なのです。


これを、なぜ、作ったのかな?と。

息が止まるかのような、曲の中でも、苦しさを感じさせるようにする?

そのくらいの苦しみなんだ!と言いたかったのでしょうか?

彼の訴えようとする気持ちの強さ?

弱い体でありながら、内に秘めた芯の強さを感じます。


すみません・・・

今日は、この辺で。

もう少し、体力が回復してきたら、曲紹介しますね。


今日も、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

感謝しています。 



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ヴィラ=ロボス ブラジル風バッハ第5番 アリア(カンティレーナ)

こんばんは。

今日も疲れているので、

息抜き時のBGMにいいかも・・・と思うものを、選んでみました。


エイトル・ヴィラ=ロボス の 

  ブラジル風バッハ(バッキアーナス・ブラジレイラス)

    第5番(ソプラノと8つのチェロのための) 第1楽章 

      アリア(カンティレーナ)

         「夕べには、ばら色の雲がゆるやかに輝きながら」



聴いていると、

急に気温が暑くなり、異国の空気に包まれているように感じる曲。


夕暮れの空を眺めて、ゆっくりと流れる雲を見る。

子どもの習い事の送迎のとき、そんな風に、毎回空を眺めました。


日が沈み、ほぼ同時に、月が昇る・・・

というのは、満月のとき?

( ふと、「海」という歌の歌詞を思い出してしまいましたよ。)

( あれ??? 違うかな?)


この曲は、

最初、ヴォカリーズ(あ~・・・などの母音で歌われる)で始まり、

中間は、ルツ・ヴァラダレシュ・コレアの歌詞での歌声、

最後、ハミングで終わるという曲。


中間部の歌詞は、アンナ・モッフォの歌 ↓ から

知ることができます。(ポルトガル語、英語)


日本でいうと、

この曲の月は、ふくらんだ半月~満月ごろの、お月さまかな・・・?

ブラジルでは、どうかな?

なんて、歌詞から想像するのは、私くらいかな?


どうもこの曲は、

月のことというより、空全体の美しさ、

空の色、雲の透明感、月が昇り、変化していく空全体の様子を

いっているみたいですね。(間違っていなければ…)


空が、輝いて見える・・・


私は、そんな変化していく時間帯の空を眺めるのが好きです。

色の変化。

これが、一番好きかな…?

日によって、景色が違って見えるところが、とてもいい。

本当に、毎日、違いますもの。


気持ちもね、

一日が終わり、ホッとできる時間がやってくる・・・

そんな風に、息をつける感じになれるのが、よいです。

この曲は、聴いていると、そんな感じになってきます。

このリズムが、いいわ~。

休日に聴くのもいいかもしれませんね。


もしよかったら、聴いてみてください。お好みで。

 なぜか、ほとんどCMつきになってしまいましたよ。(また?)


↓ ビドゥ・サヤンの歌で(CMつき)
Bidu Sayão - Bachiana nº 5 - Cantilena

↓ キリ・テ・カナワの歌で(CMつき)
Kiri te Kanawa: "Aria (Cantilena)", Bachianas brasileiras n'5 (Villa-Lobos)

↓ アンナ・モッフォの歌で(CMつき)
  * こちらは、「もっと見る」をクリックすると、歌詞が見られます。
.Villa Lobos: Bachianas Brasileira n.5 - Anna Moffo

↓ サリー・テリーの歌とラウリンド・アルメイダのギターで
   (CMつき)
Bachianas Brasileiras No 5 - Aria (Heitor Villa-Lobos) - Salli Terri & Laurindo Almeida

↓ ビクトリア・デ・ロス・アンヘレスの歌で(CMつき)
Victoria de los Ángeles - Bachiana brasileira nº 5

↓ アーリーン・オジェーの歌声で(楽譜映像つき、CMつき)
Villa-Lobos - Bachianas Brasileiras No. 5 (with score)

↓ ヤーノシュ・バーリントのフルート、
   パル・パウリコヴィチのギターで
Villa-Lobos Bachianas Brasileiras No.5 (flute & guitar)


↓ 『ブラジル風バッハ』全曲のCD (ディスク2枚目の3曲目)

Bachianas Brasileiras



↓ キリ・テ・カナワのMP3

Heitor Villa-Lobos: Bachianas brasileiras No.5 for Soprano and Cellos - Aria (Cantilena)




この曲の楽譜は、 こちら になります。



モーツァルト ピアノソナタ第4番 変ホ長調 K.282 第1楽章

おはようございます。

今日は、

やる気が失せてしまっているときに聴くといいかな?と思い、

ここ何日か聴いていた曲を紹介しますね。



モーツァルト の 

     ピアノソナタ第4番 変ホ長調 K.282 の第1楽章 アダージョ



このピアノソナタは、最初の第1楽章が、アダージョ。

モーツァルトのピアノソナタの第1楽章の多くがアレグロですけど、

聴く(弾く)と、

その始まりをいい意味での違和感を感じ、いいなあ~と思わせてくれる曲。



頑張って、力んでいたのが、

次第にゆったりとした気持ちになってきて、力が抜けてくる。

無理をしない。

そんな気持ちにさせてくれる曲。

やさしいメロディーが、

傷ついた心を慰めてくれるような感じがしてきます。

ものすごくシンプルな音。 

それが、

そんな力を持っているようには、楽譜を見る限り感じないのですけど、

聴く(弾く)と、不思議な力を秘めている感じがしてくる曲です。



もしよかったら、聴いてみてください。(全楽章で)


↓ フリードリヒ・グルダの演奏(CMつきです。6分50秒ごろまで)
W.A.MOZART Sonata E-flat major, K 282 - Friedrich Gulda

↓ マリア・ジョアン・ピレシュの演奏
   (最初から、7分15秒ごろまで)
Mozart, Sonata para piano Nº 4, K 282. Maria João Pires


↓ マリア・ジョアン・ピレシュのCD

Mozart: Complete Piano Sonatas



↓ イングリット・ヘブラーのCD

モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集



↓ グルダのMP3(ディスク2枚目10曲目)のCD

Mozart: Piano Works




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シベリウス 「トゥオネラの白鳥」(Tuonelan joutsen)

こんにちは。


あまりすっきりとした気分ではなく、

目に見えるものが、ただ見えるだけ・・・

聴こえてくるものが、ただ聴こえるだけ・・・

何かをしようとも感じず、ただボ~ッとするだけ・・・

そんな状態になると、

現実的な音楽は、ただ音が流れてくるだけで、心に響いてこない。

でも、

今までに、

見たこともない、

聴いたこともない、

現実的ではない不思議な感じのするところへ行ったのであれば、

たとえ無意識の状態であろうとも、何かを感じとるのかもしれない。



シベリウス の 交響詩 『 4つの伝説曲(レンミンカイネン組曲)』 より

              「トゥオネラの白鳥」(Tuonelan joutsen)」op.22-2




この曲は、そんな何かを感じとることができる曲。

神秘的な雰囲気に包まれた場所へといざなってくれる。


正直、あまり行きたいという場所ではないですけどね・・・

今、この曲を紹介する気になるとは、思いもしなかったです。

この曲も選んでから、記事にするまで1年もたってますね・・・


そこで、何かがあったとしても、

何があったのか?

それを現実として実感することもなく、

誰もそれに気づくこともなく、

いつもと同じように時は流れ、まるで、何もなかったかのような感じ。

そこで、どんなに悲しい出来事があったとしてもね・・・


何があったかを知るものにとっては、

何もなかったとされてしまうことは、とてもつらい。

悲しみを誰かに訴えるわけでもなく、

悲しみを心の底にひそませることになるのですから。

それを抱えて生きていくのはね・・・

言いたいと思っても、言えない。

誰だって、重苦しい話は好んで聞きたいとは思いませんから。

それがわかるから、言えない。

何もなかったかのようにする。

ただ、自分だけが知っていたらいい・・・なんて思ってね。


そんな風に、

何事もなかったように、いつもと同じようであること、

それは、

かえって、悲しみを増してくれる・・・

この曲は、そんな感じがしてくるのです。


とても静かで、冷やかな空気。

これだけが、何かを感じさせてくれる。

ここで、何かがあったのだよ・・・と。

言葉ではなく、音で、何かを感じさせる。

この曲は、

主人公のレンミンカイネンが死んだあとの、

静まりかえったトゥオネラ川を泳ぐ白鳥のイメージを

描いているそうなのですが、

悲しみをその場の情景で、しかも、その情景が、

いつもと変わりない、という形で表現するのって、

すごいかもしれない・・・



もしよかったら、聴いてみてください。


↓ ユージン・オーマンディ指揮、
   フィラデルフィア管弦楽団の演奏で(CMつき)
トゥオネラの白鳥  シベリウス

↓ ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、
   ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で
Jean Sibelius - The Swan of Tuonela, Op. 22 No. 2


↓ ジョン・バルビローリの指揮、
   ハレ管弦楽団のCD

シベリウス:交響曲第2番 トゥオネラの白鳥



↓ ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、
   ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のMP3

Sibelius: Finlandia; Valse triste; Tapiola; The Swan of Tuonela






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ショパンについて、思うこと

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


気持ち。

なんとなく、まだ心が晴れる感じもなく、すっきりとしなくて、

今日、モーツァルトのコンチェルトを聴いたり、

ピアノソナタを少しだけ弾いてみたり、散歩したり・・・

それでも、まだ、すっきりとしてません。

モーツァルト、

私は、とっても弾くのが苦手なんですけど、

今日は、あら、不思議・・・

弾きやすいと感じました。

力なく、ちょうどいい感じだったのかも・・・?

こんなに楽に指が動いたのは、もしかしたら、はじめてかも・・・

なんて、思ったのは、いいのですけど・・・


今度は、ショパン。 またも、書いてみますね。


ショパンも、病気で、力ないような方でしたよね・・・?と

ふと思ったのです。

これまで、ショパンは弾きやすいとは思っていましたけど、

でも、

最近は(病気でピアノをほとんど弾かないようになってから)、

ショパンは、体力をそれなりに使う・・・と感じてます。


先日から書いている、ショパンのバラード第1番も、

病気で苦しんでいる状態では、1回弾いたら、

かなり体力消耗してしまうのではないかな?と・・・

呼吸が苦しい人にとってはね。


ただ、作曲していただけ・・・

では、ないでしょうから、

弾いては、疲れたと、寝込んでいてもおかしくなかったりして?

でも、

体調悪い状態でありながら、

さらに、作曲を続けていき、もっともっと悪くなっていって・・・


人のことは、何にも言えませんけど、

この状態、まるで、私のようで・・・

自分を追い詰めてしまうほど、作曲をしなくてはいけない?

そんな気持ちだったのでしょうか?

私が、こうして書いているように・・・

じっと何もしないでいると、心が壊れてしまいそうな感じ?

なんか、わかるような気がします。

休めばいいのに・・・

と周りは言いますけどね、

休んだら、怖いのですよ。 

恐怖。

いろんな厳しい現実を丸ごと受け入れること。

それをしっかりと認識してしまうこと。

休んでいると、涙が出てくる。

だから、

ショパンは、仕事に没頭しようとして、

ここまでたくさんの曲を作曲してきたのかもしれない。


これまで、

ずっとショパンが好きで、いろいろと弾いてきましたけど、

あまりショパンがどんな心境だったのかなんて、

深く考えることなかったですね。

ショパンのバラード第1番は、

もしかしたら、

今の私には、その気持ちが痛いほど、よ~くわかるだけに、

今は、弾くのがつらく感じたのかもしれない。

でもね・・・

今の私。

それを乗り越えられたら、弾けるような気がします。


私、思ったのですけど、

ショパンは人気がありますけど、

嫌い、と言われる方、それなりにいらっしゃるのではないかしら?

私もね、

女性として、この方を男性としてみると、

正直、好きになれない・・・、いえ、大嫌いなタイプかも・・・?

あまり、曲を深く考えてしまうと、

かえって、弾けなくなってしまう作曲家かもしれませんね。

ただ、曲が好き・・・

その程度で、受け入れるほうが、いいのかもしれない。

そうしたら、好きなままでいられるかも。



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フリース 子守歌(Wiegenlied)

こんにちは。

今日は、子守歌を紹介します。


ベルンハルト・フリース の 子守歌


フリースの子守歌と、書きましたが、

「モーツァルトの子守歌」として、知られています。

 ( 私の持っているCDにも、そう書かれていました・・・

    ? よく見ると、

     フリース作曲の「モーツァルトの子守歌」でした。

日本語の歌でも知られています。

  (眠れよい子よ~、とはじまる曲です。)


今朝は、薄曇りの肌寒く感じる天気で、

あなたが生まれたのは、ちょっどこんな日だったわねえ~、

なんて、話したのですけどね・・・

あの日を思い出しました。


子どもが生まれた日を境に、

なかなか眠らない我が子を前に、

大変だと感じる毎日を過ごすわけですけど、

そんな私に、

友人たちが子守歌のCDをいくつか送ってくれて、

それを聴いてました。

いろんな子守歌の中で、この子守歌は、

自分が「母」であることを自覚させてくれる曲でした。

母親って、

こんな感じで子どもに接するものなんだなあって、

そういう感じがしてくる曲。

日本語の歌詞が、そう感じさせてくれていたのかもしれませんが・・・

お母さんの理想像・・・のような子守歌ですね。

子どもを温かい目で愛しむお母さん・・・

そうでありたい・・・と思わせてくれました。


子守歌をこれまでに、いろいろと紹介してきてますが、

暗いなあと感じる曲もあれば、

この曲のように、穏やかな感じになってくる曲もあり。

中には、

聴きたくないというものも、子守歌のCD曲集にはありました。

私は、ブラームスと、このフリースの曲を好きでしたけど、

CDには、

聴きたくないと思えるほど暗く感じる子守歌が収録されているけれど、

いちいちそれを編集する気力もなく、そのまま流して聴いて、

かえって落ち込んだような気分にもなりました。

母親向けのCDを制作する人には、

それも考慮してほしいですね・・・

ただ、「子守歌」を集めるCDを作るべきではないと

思いましたよ。

母親を穏やかな気分にさせてくれる曲にしないと・・・?


もしよかったら、聴いてみてください。

↓ イルムガルト・ゼーフリート の歌で
    * 動画を入れ替えしました。(2015.01.30)
W. A. Mozart - KV 350 (A284f/C8.48) - Lied: Wiegenlied in D minor (Bernhard Flies)

↓ ピエレット・アラリーの歌で
Mozart: Wiegenlied, KV 350 - Wien, 1956 (Alarie; Werba)


↓ オーケストラの演奏で
   CMつきです。
Wolfgang Amadeus Mozart - Wiegenlied (Lullaby), K. 350

↓ ウィーン少年合唱団の歌で
Wiener Sängerknaben-Mozart "Wiegenlied"(Cradle Song)/Choki the


↓ レオポルド・シモノー&ピエレット・アラリーのCD,MP3
   MP3は、ディスク5枚目の16曲目になります。

Bernhard Flies: Wiegenlied (previously attributed to Mozart)



↓ ウィーン少年合唱団のCD

ウィーンの森の物語 / ウィーン少年合唱団






ショパンのバラード第1番の感想

こんばんは。

今日もご訪問してくださり、ありがとうございます。


今朝は、かなり体が重く、今、とてもつらい状態です。

でも、1回だけ、

昨日の記事で取り上げたショパンのバラード第1番を弾いてみました。

↓ もしよかったら、先に、この一つ前の記事をお読みください。

こちらです・・・

 ( 一昨日の深夜にNHKのBSのドキュメンタリーの番組で、
 
   「私を救ったショパンのバラード」というテーマで、

   ショパンのバラード第1番ト短調を取り上げていました。

   この番組の大筋の内容は、こちらで・・・   )


ドキュメンタリー番組では、

この曲により、再び「生きる」力を得た人たちの話が出てきました。

今は、乗り越えられた・・・

だから、そう語り、生きようとすることができるのだと思いました。


今日、弾いてみて、

これは、まだそうなれていない人の場合、

つらさを思い知ることになる曲だと実感してしまいました。


ものすごく涙が出てくるのですよ。


今日は、ひどく体調が悪く、

少し動くのがやっとという状態で、弾いてみたのです。

そうしたら、だんだんと、自分の置かれている状況が、

むなしく、悲しく・・・

叫びたいというよりも、そんな力もなく、心が泣き崩れてしまったのです。


曲の最後の部分。 

これを聴いた(弾いた)あと、

あなたは、どっちになりますか?


困難を乗り越えようとしますか? それとも、そのままになってしまいますか?


もう無理だ・・・

と感じてしまう場合、

この曲は、かなりつらい曲となってしまうのではないか?

なんて、思ってしまいました。


もちろん、

何回も聴いたり、弾いたりすることで、いい方向へと変わるかもしれない。

でも、

今の私は、まだ、そうなりきれていないのか?

と、かえって、嫌な気分になってしまった。

今まで、頑張って、乗り越えようとしていただけに、

なぜ、そんな気持ちになってしまうのかと、妙な感じがしてきています。

これを理解し、弾きこなすには、まだ時間がかかるかもしれない・・・


結局は、気持ち。


どうとらえるか?

これは、支えとなるものを持っているかどうかにも関係しているのかも。

その支えは、何もないと、感じている人にとって、

果たして、再生する力を持っているといえる曲なのか?

常に頑張ってきて、休むことなく、今もなお頑張ろうと努力し続けてきた人。

それでも、まだまだ頑張れるのか?

その努力が、むなしい・・・

と思えてくるようでは、この曲がかえって、つらい思いを増長させる?


・・・、わからないけれど、

今の私は、そのときの状況によって、

この曲が、いいと感じたり、嫌と感じたりで、

とても心が不安定なのだと、気づいてしまった。


ちょっと休もうかな・・・?


休んだほうがいい。

そう思えてくるのでした。

今の私は、おかしいのかもしれない。

テレビで取り上げた人たちのようには、なれないのは・・・

やっぱり、私は、世間一般の人とは、違うのかもしれない。

同じには、なれない。

そう痛感しています。


テレビとか、本とか・・・

多くの人は、こうだと言っているものが、とても嫌に感じます。

自分は、そうではない、と感じるたびに、

おかしい人間なのか?と、変わっている人間なのか?と思い知るのです。


物事には、両面があります。

いい面と悪い面。


でも、世間では、

いつも、その片方を強調するかのような感じで言われている。

これが、とても苦痛なのです。

あとで、やっぱり、その逆だったと、

そういうことは、たくさんあります。

それなのに、

この番組のように、片面を取り上げるだけで、

どちらかというと、

世間にとって、いい面のほうを取り上げて、

悪い面のことは、取り上げない。

そう感じるのです。


ショパンのバラード第1番。

果たして、いい面だけなのでしょうか・・・?

・・・、

なんて、

どん底気分のまま、ここまで書いてしまいました。


今、モーツァルトのコンチェルトを聴いてます・・・

気分が浮上してきましたよ。

以前書きましたけど、私はモーツァルトで励まされてきた人でした。


どんな気持ちでいるのか、

どんな性格の人であるのか、で、

聴こえ方は、違ってくるのかもしれませんね。

いつまでも、暗い気分でいることを好まない私は、

暗い気分ではない、と、

いつも、自分をそう思いこませることで頑張れるのかもしれません。

だから、

自分の現実を見せられることは、嫌なんだわ・・・

自分が、暗い気分でいることをしっかりと実感している人には、

このショパンのバラード第1番は、いいのかもしれませんね。



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ショパンのバラード第1番のこと

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


昨日、今日と動き回り、かなり力ない状態ですけど、

ちょっとだけ、書いてみます。

今日も、音楽紹介の記事は、お休みさせていただきます。


昨日の深夜にNHKのBSのドキュメンタリーの番組で、

「私を救ったショパンのバラード」というテーマで、

ショパンのバラード第1番ト短調を取り上げていました。

  この番組の大筋の内容は、こちらで・・・


この曲を最初に知ったのは、

ウラディミール・アシュケナージのレコードでした。

  アシュケナージのこの曲の演奏は、 こちらで・・・(CMつきになってしまったわ・・・)

今思うと、

そのレコードの中で、一番印象に残り、弾いてみたいと感じたのが、

このバラードであった・・・

もちろん、当時は途中までしか弾けず、

「聴くのが、好きな曲」となるのですけどね。


ちょうど、この曲に夢中になっていた時期が、

私が、つらいと感じていたときであった・・・


中学に入り、1年生の夏~秋に毎日38~39度台の熱を出してました。

それでも、

毎日、学校へ行き、夏休みもクラブを休まずに行きました。

先輩の「仮病じゃないの?」の一言に、腹を立てた・・・のですね。

まあ、負けず嫌いな私ですから、コノヤローと思って、行くわけです。

本当は、休めるものなら、休みたかったですよ。

つらくても、つらいことを受け入れ、しょうがない・・・と、

毎日、我慢をするのです。

教室でもね、いわゆる優等生になるのです。

どんなにつらかろうが、

やらなければいけないことは、やらなくてはいけない、と、

逃げたくても、逃げることはしてはいけない、と、

教師のきつい教えを守るわけです。

( この教えは、今の私の基本になっているかもしれない・・・)


このショパンのバラードからは、

ため込んでいたつらさを一気に爆発するような怒りを感じ、

何かにぶつけたいという強い思いを感じたのかもしれませんね。

番組を観ていて、そうだったのかも・・・

と思いました。

正直、当時の心の支えとなったというよりも、

この曲の持つ何かに、共感していたのかもしれない・・・


今の私の心境。

このドキュメンタリー番組に出てくる人たちの話に近いかもしれないと

思いました。


この曲、

ずっと、どう表現するといいのか、わかりませんでした。


なぜ、最後が爆発するような怒りになっているのかと。

わかりませんでした。

「最初は、おじいさんが昔の話をゆっくりと語り始める感じ・・・」

となるのであれば、

この終わり方は、一体どういう意味なんだろうかと。


しかも、

アシュケナージの演奏が、

他の曲の演奏と音が違って感じたのが、不思議でした。

なぜ、これほどまでに、彼の強い思いが感じられる演奏になるのかと。


この最後の部分、

弾く人によって、違って聴こえてくる部分でもありました。

なぜ、違うのかな?と。

特に、若い人(学生さん)の音は、何かが、ない・・・と

思っていたのです。

想像して弾く・・・

それだけの人と、実感している人との違いだったのかもしれない。


今の私、もしかしたら、ショパンの思いが理解できるかもしれない。

ちょっと弾いてみようと思いました。

今日、ちょっとだけ弾いてみたのですけど、

音を忘れているというのか、間違って弾いてしまいましたよ・・・(>_<)

しかも、何年も練習を怠っているので、指が動きません。

弾ける日に、ぼちぼちと弾いてみようかな・・・


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この曲のことを、先月、ブロともさんが書いていらっしゃいました。

もしよかったら、⇒ こちらへどうぞ・・・



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チャイコフスキーの「悲愴」とショパンの「幻想ポロネーズ」は嫌われる?

こんにちは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。(*^_^*)


今日2つ目の記事になります。


今日は、こちらは大雨 です。

朝、5時ごろ、かみなり の音が大きく鳴り響き、

しっかりと目が覚めました。

ある意味、すっきりとしたいい目覚めをしました。

かみなりさま、ありがとう・・・?

目覚め方で、朝食の品数が変わる我が家・・・

家族にとっても、いい朝であったかも?


さて、今日も書いてみます。(ちょっと疲れてますけど。)


このブログ、検索内容を見ていると、面白いです。

一番多いのは、

「チャイコフスキー 嫌い」「チャイコフスキー 悲愴 嫌い」

というキーワード。

世間の人は、チャイコフスキーが嫌いな方が多いのかもしれませんね。

私は、「悲愴」が嫌いなだけ・・・(他にもあったかも・・・)

と、以前書きましたね。

このチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」は、

あまりにもこの言葉がぴったり過ぎて、

好きになれないという方がいるのだと言われる方もいるそうです。

私は、本当に、普通の「悲愴」なのかは、疑問に思ってますけど。

共感できない悲愴感。


いろいろな曲を毎日聴いていると、

共感できる曲と、そうではないものがあり、

そうではない曲でも、

あるとき、その曲と同じような心境になってはじめて共感できる。

たいていは、共感できるようなものが多かれ少なかれあるように

感じますけど、

チャイコフスキーの「悲愴」には、それがないのですよね。

同じタイトルのベートーベンの曲は、好きなのですけどね。

全然、違って感じるのです。

不思議な曲です。


ここ最近、

ある曲が好きなれないという検索が、たびたびあります。

それは、


ショパンの「幻想ポロネーズ」


・・・

美しい曲ですけどね。

私は、以前記事に、この曲は人生の終わりごろにならないと、

弾けないような気がする・・・

という感じで書いたと記憶してます。

好きになれないとは、書いてませんけど・・・

 ( 検索って、面白い。)


そうですね・・・

聴いていて美しく感じるものの、

好きという感覚には、なれないかもしれません。

これ、弾きたい!と感じるものは、嫌いなものではないですしね。

たとえ、難しくて弾けないと感じるものでも、

弾いてみようと思いますものねえ。

みなさんも、そうではありませんか???


これもチャイコフスキーの「悲愴」と同様、

私は、あまり好きではないのかもしれないと今、聴きながら感じてます。

どんなに苦しくても、つらくても、

ショパンが、ほんの一瞬でも安らぎを得られていたら、

こうはならなかったのでしょうか?

痛々しい感じ。


この方、泣いてばかりいたのではないかな・・・?


悲しさを表に出さないで、頑張って、必死に耐えていこうとしている人と、

悲しさを表に出して、頑張るものの、耐えきれなくなってしまっている人。

ショパンは、後者で、

聴く者がそれを感じ取り、

なんとな~く、嫌と感じてしまうのかもしれない。


もしかしたら、

私のチャイコフスキーの「悲愴」嫌いも、そこにあるのでしょうか?


私は、どんなに苦しくても、つらくても、

いつまでも、悲しんでいないで、前に向かっていこうと考えますから。

前に書きましたけど、私は、おきあがりこぼし?

そうでないものが、

なんとな~く嫌と感じてしまうのかもしれない。


私の場合、

こういった心の病を持つ人を、なんとかしてあげたいと思いつつも、

うまくやっていけない、やっていけなかったことも

関係しているのかもしれません。

( 結局は、自分自身で立ち直るしか方法はないのですから・・・ )


曲の好き、嫌いは、

その人の性格と、生き方も関連しているのかもしれませんね・・・



~ 過去の関連記事 ~
・ チャイコフスキー 「悲愴」
・ ショパン 幻想ポロネーズ



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パルムグレン 『3つの情景による夜想曲』 より 「 星はきらめく(Les etoiles brillant)」 op.72-1

おはようございます。


昨日は雨が降って、夜空が見れなくて残念です。

ここ最近、雲の流れが速く、

クリアな空が雲の切れ目に、星が見えてよかったのですけどね。

9月は雨が多いかな・・・?

さて、今日紹介するのは、星に関連した曲です。


パルムグレン の 『3つの情景による夜想曲』 より 

   「 星はきらめく(Les etoiles brillant)」 op.72-1



『3つの情景による夜想曲』Op.72 は、

 1 星はきらめく  Les etoiles brillant
 2 夜の歌     Chant de nuit
 3 暁       Crepuscule

となっています。


この曲を聴くと、

フィンランドの夜空には、

無数の星がキラキラと輝いているのだろうなあと想像してしまいます。

クリアな空なのでしょうね・・・

しかも、とっても静かな感じ。


冬の夜空は、とても星が美しくみえるのですけど、

それでも、

今住んでいるところでは、星は少ししか見えなくて、

( 小学生の理科の星の観測は、実家よりもしやすかったけれど )

数えきれないほどのたくさんの星が見えるような場所に憧れます。

一等星のように光り輝く星は、誰の目にもわかりますけど、

空気が澄んできれいな空でないと見えない程度の星は、見えない・・・

でも、存在するのですよね。


よくね・・・、夜空を眺めては、思うのです。

自分の星はどこにあるのかな・・・って。


ベツレへムの星が見えたことで、キリストの誕生を知る・・・とか、

三国志に出てくる孔明が、自分の星で自分の死を悟る・・・とか、

あるでしょう・・・?

自分の星は、見えなくても、きっとどこかにあるのですよね。


このパルムグレンの曲を聴くと、

小さくて、目立つような輝きもないような星でも、

キラキラと光を放って、この世に存在するんだって、

思えるような気がするのです。

この曲、

そんな目立たない星の輝きの音のような感じがします。

近くで見たら、ちゃんと光っている?

私もそんな感じでしょうか?

なんか親近感がわいてくる音です。


もしよかったら、聴いてみてください。

↓ 舘野泉さんの演奏で
Selim Palmgren ~ The Stars Are Twinkling Op. 72/1

舘野泉さんのMP3(1曲目になります。)

Selim Palmgren * Late Works for Piano






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バーバー この輝ける夜に (Sure on this Shining Night) Op.13 No.3

おはようございます。

今日は、聴いていると、

心が洗われるような感じがし、

スッキリとした気持ちになってくる曲を紹介しますね。


バーバー の 『4つの歌』より 

    この輝ける夜に(Sure on this Shining Night)作品13ー3



『4つの歌』は、

  第1曲 尼僧はヴェールを取る A Nun Takes the Veil
  第2曲 年をとった者の秘密  The Secrets of the Old
  第3曲 この輝ける夜に    Sure on this Shining Night  
  第4曲 夜想曲        Nocturne

この曲は、第3曲目になります。


この曲は、

人工の光が遮ることもないような何もない自然の中で、

空気が澄んで、雲一つない夜空を、

寝転がって、

空の星の輝きを眺めているときのような・・・

そんな感覚になる曲です。


聴いているうちに、

とてもリラックスをして、ゆったりとした気分になってきます。

素直な気持ちになるような・・・

素のままの自分を取り戻せるような・・・

全身の力がふっと抜けるような・・・


何かあったとき、ごめんなさいと言える。

そう言いたくないときもあったとしても、素直になれる。

こういう感覚になれる曲って、ありがたいなあ~と思います。



もしよかったら、聴いてみてください。


↓ 合唱バージョンで(楽譜つき映像) 
Samuel Barber - Sure on this shining night {Choral version}

↓ シェリル・ステューダーの歌で
Cheryl Studer sings S. Barber "Sure on this Shining Night"

↓ エリー・アーメリングの歌(4つの歌全曲)
   この曲は、3分27秒ごろから5分53秒ごろまで
4 Songs, Op. 13 by Samuel Barber


↓ こちらは、合唱のMP3(13曲目になります。) 

Barber: Choral Music



↓ こちらは、MP3(ディスク8枚目の5曲目になります。ジェニー・トゥーレル)

Samuel Barber Historical Recordings (1935-1960)






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ポンセ  エストレリータ ( Estrellita )

おはようございます。

まだまだ暑いですね・・・

今日は、この暑い時期の夜に聴いたら、

どこかの南国のリゾート地に行ったような気分になって、

リラックスしてくる・・・

そんな曲を紹介してみます。


マヌエル・ポンセ の 歌曲 エストレリータ(小さな星)


エストレリータとは、小さな星のこと。

この暑い時期は、夜に外へ出て、

雲のないすっきりとした夜空を見上げて見ることが、

私は、好きです。

なかなかクリアな夜空は、ないのですけどね。

きれいな夜空の日には、

きれいな星を眺めて、星に願いをかけてみようかな・・・って、

ちょっとそんな気分になりますね・・・


この曲には、↓ スペイン語の歌詞があります。

        (この歌詞もポンセが作詞したそうです。)
  

  Estrellita del lejano cielo

  que miras mi dolor que sabes que sufrir,

  Baja y dime si me quiere un poco

  Porque yo no puedo sin su amor vivir

  Tu eres, estrellita, mi faro de amor

  Tu sabes que pronto he de morir

  Baja y dime si me quiere un poco

  Porque yo no puedo sin su amor vivir
 


どうも、女性の気持ちを歌ったようなのですけど、

この歌詞の内容は、

深刻に考えるような歌詞なのか、

それとも、

あっさりと読めばいいのか、正直ちょっとわかりません。

たぶん、後者なのでしょうね。


私は、痛みや苦しみを持っているの。

遠く離れた小さな星、愛の灯台。

愛する彼は少しでも私を愛しているかどうかを

私に伝えてほしい・・・

私はもう死んでしまうの。


みたいな内容みたい・・・ですけどね、

要は、

恋する気持ちでいっぱいで、心が痛み、苦しみ、

もうあなたなしでは、生きてはいけないわ・・・

このままでは、死んでしまいそう・・・

なんていうような、情熱的な女性ということなのでしょうね。

もしこれが、

本当に病気を抱え、今にも死んでしまいそう・・・

となれば、もっともっと深刻で、重く暗くなり、

曲が、こうはならないでしょうから。

死が近いような病気であれば、とても苦しいですし、

本当に小さな望みで、それが叶ったらいいなあ・・・と

ほとんど、希望もなく、叶わないけれど、そうであってほしいと、

願う詩になりますものね。

この曲には、希望はあるように感じます。


メキシコの方は、死を意識するほど、愛するのでしょうか?

この詩を作詞したポンセは、

情熱的な女性を好まれたのでしょうね。

というより、

ポンセ自身が情熱的な男性だったのでしょうね。

これほどまでに、私を愛してほしい・・・

なんて、願望なのかもしれませんね。


この曲は、本当にうっとりとしてくる、素敵な曲。

聴いていたら、安らかな気分になってきます。


もしよかったら、夜に聴いてみてください。


↓ ディアナ・ダービンの歌声で
Deanna Durbin - Estrellita - Manuel Ponce

↓ イツァーク・パールマンのヴァイオリン 
   プラシド・ドミンゴの歌声で (CMつき)
.Placido Domingo & Itzhak Perlman "Estrellita" Ponce .

↓ ハイフェッツのヴァイオリンで(ハイフェッツ編曲)
Heifetz plays his transcription of Ponce's Estrellita ('live')

↓ ディレルマンド・レイスのギターで
  ギターの音は、眠りを誘ってくれそうです。
Dilermando Reis - Estrellita (Ponce)

イツァーク・パールマンのMP3(18曲目になります。)

Itzhak Perlman's Greatest Hits: Volume II



↓ アダム・ホルツマンのギターのCDまたはMP3(47曲目になります)

Guitar Music 1



この曲の楽譜は、 こちら になります。



スクリャービン 12の練習曲 Op.8 No.12 「悲愴」

おはようございます。


昨日、紹介したアムランの

「チャイコフスキーによる左手のための練習曲」の動画の

コメント(感想)を見ていたら、

この曲を思い出すと書いてあったのを見て、

今日は、その曲を紹介してみることにしました。

( 余談ですが、動画の感想・・・ 

  みなさん、読まれてます?

  英語のコメント、結構笑わかせてくれるものありますね。

  一体、ここで、何を書いているのか?って。

  時々、一人、大笑いをしている私です・・・

  外国を勉強する上で、

  日常の言葉を知るには、いい方法かも・・・? )


アレクサンドル・スクリャービン の 

          12のエチュード 「悲愴」 Op.8 No.12



何年か前、アメリカの世論調査機関ギャラップが

日常生活で感じる感情表現の程度を測定したら、

感情表現が少ない国民として、

ロシアは151か国中、3位だったそうですが・・・

この曲を聴いて、

ロシア人が感情が豊かではない、なんて、思える人がいるのだろうか?と

思うのです。

とてもエネルギッシュで、

何かに激しくぶつようとしているかのような感情。

「悲愴」というタイトルは、なぜついたのかは、わかりませんけど、

ぴったりな感じがします。

狂いそうなほどの悲痛な叫びが、聴こえてくるような感じ・・・

もしかしたら、

普段感情を抑えている人ほど、一気に吹きだしてくるのかな?

この作曲家は、

あまり感情を表に出さない内向的なタイプだったりして・・・


練習曲(エチュード)としながらも、強い感情が込められたような曲。

一度聴くと、印象に残りますね・・・


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ ウラディミール・ホロヴィッツの演奏で (CMつきです)
.Vladimir Horowitz Playing Scriabin 12 Etudes Op.8 No.12

↓ ヴラディーミル・ソフロニツキーの演奏で
Sofronitsky - Scriabin - Etude op.8 n. 12

↓ スクリャービンの自演で(CMつきです)
.SCRIABIN PLAYS SCRIABIN ETUDE Op 8 No 12 .

↓ ニキタ・マガロフの演奏で
Magaloff plays Scriabin Etudes Op.8 - No.12

↓ モーラ・リンパニーの演奏で
Moura Lympany - Scriabin: 12 Etudes Op.8: Etude No.12 in D-sharp Minor

↓ エフゲニー・キーシンの演奏で
E. Kissin - A. Scriabin - Etude Op. 8 No. 12 in D# minor (live)


↓ ホロヴィッツのCD

モスクワ・ライヴ1986



↓ こちらは、ホロヴィッツのMP3
   (8曲目になります。)

Vladimir Horowitz - Horowitz in Moscow



↓ ソフロニツキーのCD

ロシア・ピアニズム名盤選-17 伝説のスクリャービン・リサイタル(1960年2月2日)



↓ ギャリック・オールソンのMP3

Etuda dis moll/ Etude in D sharp minor, Op. 8/ 12. Patetico



↓ スクリャービンの自演のMP3

12 Etudes, Op. 8: No. 12 in D-Sharp Minor (Welte-Mignon piano roll recording)






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アムラン 「チャイコフスキーによる左手のための練習曲」

おはようございます。

今日も左手だけのピアノ演奏の曲を紹介してみます。


マルク=アンドレ・アムラン の 「チャイコフスキーによる左手のための練習曲」


これは、

チャイコフスキーの

歌曲集『6つのロマンス』の第1曲 子守歌 作品16の1を元に

アムランが、左手だけでのピアノ曲にしたものです。


今日は、この元の曲、チャイコフスキーの子守歌について、

思ったことを書いてみます。


チャイコフスキーの子守歌は、

寂しく、哀しい、憂いを帯びた曲に感じます。

日本の子守歌にもありますけど、(例えば、五木の子守歌のように)

ロシアの子守歌も同じように哀しい響きなのでしょうか?

ロシアのコサックの子守歌は、そんな感じのする曲ですね・・・


そんな子守歌を聴いて育ったとなれば、

作曲するとこういう感じのメロディーになるのかな・・・?

赤ちゃんのとき、どんな歌を母が歌っていたかで、

子守歌に対するイメージが、人それぞれ違ってくるような気がします。

私も自分の子が生まれたとき、

同じように母が歌った江戸子守歌を歌いました。

母の歌った子守歌 = 自分の中の子守歌 なのかもしれない・・・


でも、


もしかしたら、子守歌となると、

母を思い出し、

なつかしさを通り越して、悲しい気分になってしまったことで、

こういうメロディーになっているのかもしれませんね。


子守歌って、母を思い出すもの・・・


私の場合、出産後、実家へ帰った当時、

母が、我が子に歌っている子守歌を聞いたときは、

懐かしいという気持ちと、

なぜか、

これまで、一人離れて寂しく子育てをしていることを実感し、

泣けてくる心境になったのです。

それまでの孤独を感じてしまったといったらいいでしょうか?

ああ、自分は母の元を離れて、一人なんだな・・・と。

それを感じると、子守歌って、悲しいものに思えてきます。


どうも、この元のチャイコフスキーの曲の歌詞は、

ごく普通のお母さんが、

ごく普通に、子どもに寝かしつけるときに言うような内容なのですよ。

特に、深刻な背景は感じないので、悲しみや暗さは、ないはず・・・

以前、紹介した

ブラームスの子守歌のようなメロディーのほうが合いそうなのですけどね。


だからこそ、

なぜ、こういう哀しさを感じさせるメロディーなのかな?と

私なりに、ちょっと考えてしまいました。

チャイコフスキーは、14歳のときに、母を亡くしたそうです。

彼にとって、母の思い出は、悲しいものなのかもしれませんね・・・


もしよかったら、聴いてみてください。


< こちらは、アムラン作曲の「チャイコフスキーによる左手のための練習」>

↓ アムランのピアノ演奏で
Hamelin plays Hamelin - Étude No.7 'Lullaby' for the left hand after Tchaikovsky


< こちらは、原曲の チャイコフスキーの子守歌 Op. 16, No. 1 >

↓ 男性歌手スラヴァの歌で チャイコフスキーの子守歌

  * 申し訳ないのですが、
   この動画は見られなくなってしまいました。
Tchaikovsky Lullaby by Slava Kagan-Paley

↓ 女性歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤの歌で チャイコフスキーの子守歌
Galina Vishnevskaya: Tchaikovsky, 'Lullaby'


< こちらは、チャイコフスキーの子守歌をピアノ編曲したもの >

↓ ラフマニノフ編曲 の ラフマニノフのピアノ演奏(CMつき)
Rachmaninoff plays Tchaikovsky Lullaby Op. 16

↓ パーヴェル・パプスト編曲 の シューラ・チェルカスキーのピアノ演奏
Cherkassky plays Tchaikovsky-Pabst Lullaby


< ↓ よかったら、コサックの子守歌も聴いてみてください。 >
Казачья колыбельная. Cossack lullaby. Наталья Фаустова


↓ アムランのCD( 詳しくは< 続きを読む > へ どうぞ )

Etudes Little Nocturne Con Intissimo Sentimento (E



↓ オルガ・マカリーナのMP3(5曲目になります。)
  チャイコフスキーの子守歌です。

Olga Makarina Sings Liszt, Tchaikovsky, Rachmaninov






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