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アルヴォ・ペルト の  「弦楽のためのスンマ(Summa for Strings)」

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


今日は、曲をとりあげてみます。


アルヴォ・ペルト の 

  「弦楽のためのスンマ(Summa for Strings)」



元は、ラテン語の合唱用として書かれたものを

ペルト自身が弦楽四重奏版に編曲したものです。

合唱曲版を聴くと、

遠い、遠い昔に作られたような

宗教曲に聴こえるのですけど、

弦楽四重奏版で聴くと、とっても新しく聴こえてきます。

不思議です。


ここ最近、ほぼ変わらず、

同じような生活を送っています。

日々、何かを考えてこうしようああしようと試みようと

思うのですけど、

結局は、なんにも変っていない現状。

これが嫌で嫌で、

なんとかよりいい方向へと向かっていけるように

努力をしてみるわけですけど、

結局は、たいしたことにもならず、

な~んだ、この程度の人間かと

日々、自分の力のなさを感じています。

でも、

いろんな生きものを振り返ってみても、

同じなのかもしれない。

むしろ、

そのあれこれと考えて、ああしよう、こうしようと

考えること自体、

どうなんだろうか?と

考えるようになってきました。

生まれて、生きて、いずれは死ぬ。

どんな生き物もこれを繰り返しています。

人間だけ、

あれこれとしているのかもしれません。

ごくごく自然に生きたらいいじゃないかなんて、

よく思うようになりました。

でも、

その反面、やっぱり、ああしたい、こうしたいという

気持ちもあり、

困ったものだ・・・と呆れてくるのです。

おかしいですねえ~。

そんな風に過ごしている中、

今日とりあげた曲を聴いていると、

不思議と、心がリセットされたような感覚になります。

私だけかもしれませんが・・・


忙しない生活を送っていると、

クラシック音楽をゆっくりと聴いてみたいと

感じることがなく、

おかしなくらい、音楽が耳に入ってきません。

私だけかもしれませんが・・・

今日取り上げた曲は、

音が耳に残るわけではないのですけど、

少なくとも聴いている間だけは、

気が楽になってきて、

心が少し軽くなってきます。

時には、こんな音楽を聴いてみてはいかがでしょう?

もしよかったら、聴いてみてください。


↓ こちらは、弦楽四重奏版
Summa for Strings | Arvo Pärt

↓ こちらは、合唱版「スンマ」(楽譜映像つき)
Arvo Pärt - Summa, vocal score.

↓ こちらは、ラテン語の歌詞がみられます。
   (歌詞は映像の下に記載されています。)
ARVO PÄRT Summa - Credo (Hilliard Ensemble)



アルヴォ・ペルト 「 カントゥス ― ベンジャミン・ブリテンの思い出に 」

おはようございます。

今日は、12月4日になります。

それに、ちなんだ曲をとりあげてみます。


アルヴォ・ペルト の 

  ベンジャミン・ブリテン追悼の 「カントゥス」

    ( Cantus in Memory of Benjamin Britten )



一年前の12月4日は、

前日に、母の訃報を聞き、

母に会いにかけつけた日でもあります。

偶然にも、

アルヴォ・ペルトが、

この追悼曲を作曲することになった、

作曲家のベンジャミン・ブリテンが亡くなった、

1976年12月4日と同じ日付でした・・・


そのせいなのかはわかりませんが、

母の亡き直後、

この曲が妙に心に響いてきて、

時々、聴いていました。


一年前の今日、

母の姿を見ることができるのは、

最後・・・

という思いが強かった

ということもありますし、

母とは、結婚後、

ずっと、離れて暮らしてきましたし、

父、きょうだいは、看病で大変でしたから、

私が代表(?)で、

一晩、寝ずに、母を付き添う役となりました。


今では、

ろうそくもお線香も、

長時間もつということもあり、

すぐに、絶えることはないですから、

ずっと起きていなければならないわけでもない

ですけどね、

なぜか、眠る気すら起きず、

寒い、しんとした葬儀場で、

一人、母を見守っていました。

冬ですし、

真夜中は、

本当に凍えそうなくらい寒かったです。

 ( 時々、別室で、暖をとりましたけどね・・・ )

そばに母がいるんだという

安心感があったことが、救いでした・・・

母が亡くなったという喪失感と悲壮感と、

まさに、この曲のようなしんとした冷たい空気。

心身共に、堪えましたね・・・


お線香の煙の揺れ。

微妙に空気は動いているのだなあと、

感じるのですけど、

空気の流れが少し変わるたび、

母の魂がそばで動いているのでは?

なんて、思ってしまったりして・・・

母の姿が、母の声が、

目の前で見え、聞こえるのではないか?

なんて、思ってしまったりして・・・


渦巻き状のお線香でしたから、

ときどき、灰が落ちて、

お線香は揺れますし、

煙の向きが変わるのは、当然なのですけど、

そんなことを期待してしまったり・・・

おかしいですね。


お線香の煙の揺れは、

天井へと向かっていくのですけど、

いずれ消えていってしまいます。

見えなくなってしまうのです。

そんな風に、

母も天へと向かってしまうのだなあと、

煙を眺めて、思いました。


今が、最後・・・

明日には、

二度と、顔を見ることはできなくなってしまう。

亡き母を見ては、

こんなことがあったなあと、

いろいろと思い出しては、

もう、これからは、

そんな思い出をつくることもできないんだなあと

涙ぐんでいました。

母のそばにいられるのも、最後と、

この時間を惜しむことはできず、

一晩過ごしたのでした。


今回紹介する、

ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌である

この曲は、

そのときの私にぴったりと寄り添うような音楽で、

これほど、しっくりとくる曲はないかもしれない、

と思えるほどで、

聴いていると、

私と同じような思いが、強く伝わってくるのか、

落ち着いてくるものがあります。

ごく普通の状態であったら、

苦痛に感じるかもしれないのですけどね、

死を悲しんでいる人にとっては、

逆に、

癒しの曲 となるようです。

同じような心の痛みを持った人が、

同じような心の痛みを持った人の心を

和らげることができるのかもしれませんね・・・


もしよかったら、聴いてみてください。


↓ エドワード・ガードナー指揮、
  BBC交響楽団の演奏で
  (CMつきです)
Arvo Pärt Cantus in memoriam Benjamin Britten - Proms 2010

↓ ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮、
   BBC交響楽団の演奏で
Arvo Pärt: Cantus In Memorian Of Benjamin Britten (Gennadi Roschdestwenski)


↓ ネーメ・ヤルヴィ指揮、
   ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団のMP3
     (MP3は、1曲目になります。
      MP3の詳細は、<続きを読む>で。)

Part, A.: Cantus in Memoriam Benjamin Britten / Allegri, G.: Miserere / Webern, A.: Langsamer Satz (Secret Classics)






続きを読む

アルヴォ・ペルト 「鏡の中の鏡(Spiegel im Spiegel)」

こんばんは。

いつもご訪問してくださり、ありがとうございます。


昨日から、

続けて思ったことを記事に書いたことによって、

陥ってしまった感覚・・・・

とっても妙です。


去年、お月見の日にいいかもと思い、

紹介した曲でありますけど、

その曲を再度、とりあげてみます。


アルヴォ・ペルト の 鏡の中の鏡( Arvo Pärt- Spiegel im Spiegel )


この曲を、

時間が止まってしまったかのよう・・・

静かで、

美しい月を眺めているときのような感じと、

去年は、書いたでしょうか・・・?

お月見の日に、ぴったりではないかと思っていたのですよ。


今は、

ちょっと違った感覚で、聴いています。


ブログで、

いろいろな思い・考えを書くことというのは、

自分の内面を出すことでもあり、

その内面を出すということは、

鏡に映った真の自分の姿でもあり、

その姿は、

自分が感じている自分自身よりも、リアルであり、

その自分の真の姿を直視するというのは、

とても怖いものです。


誰でも、真の自分の姿を知るというのは、

怖いものかもしれませんね・・・


少しでも、真実から目をそらし、

いいところだけを見ようとしたり、

一部分だけを見ようとしたり・・・

それは、

生きていくために、とても必要なこと

なのかもしれません。


自分がどうであるかということを知りすぎてしまうと、

自分が嫌になり、生きていくことが嫌になってしまう・・・

そうならないために、

自分の真実の姿を、しっかりとは見ないようにします。


でも、

何かが起きてしまうと・・・


困難が続けて起きてしまうと、

嫌でも現実から、目をそらすことはできなくなり、

その現実を受け入れ、生きていくには、

自分自身を見つめ直すことにもなります。


自分というのは、

希望を持って生きていくには、

とてもちっぽけなものであって、

どんなに頑張っても、頑張っても、

持っている力は、

この世の存在として、

とってもちっぽけな一人の人間のもの程度であって、

たいしたことではない、

という現実を思い知るのです。


そんな自分の真の姿を直視することで、

今度は、

まったく力もない自分、

この世に生まれ、いずれ、死んでいく

ちっぽけな存在である一人の人間である

ということに気づきます。

どんなにあがいたって、

誰もが、ただ、生きて、死んでいくもの

ただ、それだけなのだということ・・・

それに気づくのです。


そうなると、

今度は、周りが、とっても静かになってくる。

静寂の世界。

とても寂しいけれど、苦しみから、逃れ、

心は、穏やかになる。


いつか、人は、そういう日がやってくる・・・?

その日は、いつか?

なんて、考えたら、

生きている間には、ないかもしれない・・・


残念ながら、

今の私は、そこまでの境地に達していません。


この曲は、

そんな世界へ、ちょっとだけ導いてくれますか?


現実の世界を離れ、

自分自身の持つ怖さを通り越し、

この世の自然、

自分は、

ただ、その自然そのものであることを感じる。

そんな感じ・・・でしょうか・・・?


生きて、死に、生きて、死にを繰り返し、

「自分」であるからこそ、

違う人生を歩むものの、

毎回、変わらず、同じように、悩み苦しみを繰り返し、

結局、行きつく先は、同じ場所?

その世界が、この曲のような場所だったり・・・?


・・・なんて、

わけのわからないことを書いてしまいましたが、

少しは、理解していただけたでしょうか・・・?

今日は、

聴こえてくる音だけを頼りに、

こんなものを感じてしまいました・・・


今回は、

誰の演奏か・・・

なんてことを調べていません。

ただ、音色の違いを楽しんでいただけたらと思います。


よかったら、聴いてみてください。

 (どれも、CMつきです。)


↓ ヴァイオリンとピアノの演奏で
Arvo Pärt - Spiegel Im Spiegel (Violin And Piano)

↓ チェロとハープの演奏で
Arvo Pärt - Spiegel im Spiegel for Cello and Harp

↓ チェロとピアノの演奏で
Spiegel im Spiegel by Arvo Pärt - Sally Maer, cello and Sally Whitwell, piano



↓ こちらは、MP3
   詳しくは、<続きを読む> へ どうぞ・・・

P・rt: Spiegel im Spiegel



↓ こちらは、CD
   (曲は、MP3と同じ。1曲目の収録時間が異なります。)

鏡の中の鏡~ペルト作品集(SACD)(Arvo Part:Spiegel im Spiegel)




この曲の、

ヴァイオリンとピアノ版、と、チェロとピアノ版の

楽譜は、 こちら  になります。



続きを読む

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